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JR羽越線・特急いなほの脱線・転覆 事故現場の位置(朝日新聞社のasahi.com平成17年12月27日より引用)



疑問:風で40トンの車両が浮く・・・

事故の概要

 2005年も暮れの押詰まった12月25日の夕方7時20分頃に、JR羽越線の特急「いなほ14号」が余目鉄橋を渡る際に脱線し、5人の方々が亡くなられ、30人以上の方々が負傷するという、痛ましい事故が発生した。発券した特急券の数と確認された乗客数が未だ一致していなかったり、乗車したはずなのに行方不明になっている方々もおられ、現状では未だ全貌が明らかになっていない。残念なことではあるが、亡くなられた方々が戻られることは無いわけで、その再発防止の対策がしっかりと進められることが望まれる。そのためにも、ここでは、風でどのような力が列車に働くのかのメカニズムを考察しておくことも意味があると考え、この項をおこした。(12/27)

脱線の原因は?

 誰でも知っているように、風は大気が運動して作られる。大気は、地表では1気圧の窒素と酸素から構成され、その質量は約1.3 kg/m3と知られている。と言うことは、秒速1メートルの風が1m2の壁に当たる時に壁が動かないでじっとしているためには、毎秒 1.3 kg の力で空気を押し返さなくてはいけない。この鉄橋では、秒速 20 m/s の風が吹くと警報が鳴り、30 m/s を超えると、運行が中止される決まりになっていた。設置された風速計の記録を見る限りは、列車の運行を停止する程の強風は無かったように見える。しかし、実際には、列車は転覆した。この原因として、新聞で報道されているように、1)川から土手に向かう風が上昇気流を作り、下から持ち上げるような力が働いたため、2)風速計の記録に残らないようなタイミングと長さで脱線を誘起するような風が吹いたため、或いは、3)盛土上の軌道を走っていたので、盛土に向かう風が作る上昇気流と横、或いは前方からの風の合わさった効果で脱線したのではないかなど、種々の可能性が上げられている。ここでは、まず、単純に列車の横から風が吹いた時、列車の受ける力を考えてみよう。

列車が風から受ける力の大きさは何で決まるのか?

 さて、先ほど書いた、秒速1m/s の空気が壁を押す時、空気が動いていなければ、その質量を支えるのに力はいらない。しかし、例えば、秒速 20 m/s で風が吹く時には、1秒間に 20 m/s x 1.3 kg/m3x 1 m2 = 26 kg/s だけ押し返す必要がある。秒速 40 m/s だったら 52 kg/s となる。これだけだったら、列車が脱線することなどあり得ないだろう。

 しかし、我々が経験的に知っているように、同じ質量であっても、早く運動しているボールほど受け止めるには衝撃が強くなる。要するに、強い力を受ける。このことを、物理では通常「運動量(P =mv)」と言う言葉で表現している。ニュートン大先生が示した運動法則は、その運動量を変化させるには、それ相応の力が必要ですよ、と示している。その運動法則のお陰で、月はおろか、火星や、更にずっと遠くの星まで人工衛星を送れるようになったし、もっと遠くから来る彗星の軌道も正確に予測できる。

 それでは、運動している空気を止めて、壁が動かなくてすむためには、反対に壁はどのような力に耐えなければならないのだろうか?単純に、風の速さをゼロにするだけであれば、1秒間あたりに減少させる運動量をΔP と書くと、ΔP = mv[kg・m/s = N/s](Nは、ニュートンと読む、力の単位)だけの力を単位時間に受ける。

 ここで、質量m は、1秒間あたり(Δt =1[s])に壁にぶつかる空気の質量なので、1秒間あたりに壁に衝突する空気の体積(風の速さと壁の面積の積)V = vS [m3]に空気の密度、ρ= 1.3 kg/m3 を掛けて、m = S vρ[kg]となる。そうすると、壁が受ける力は、F = ΔPt = S v2ρ[N]と、風の速さの2乗に比例することがわかる(空気の慣性抵抗と同じ原理)。力の単位ニュートン[N]を重さに焼き直すには、重力加速度g〜10 m/s2で割ってやればよい。即ち、力の大きさの約10分の1の重さ[kg]の物体が、壁の上に乗っかっている、と考えればよいことになる。

具体的な風の力は?

 具体的な計算をしてみよう。まず1m2の面に働く力を見積もろう。風速20 m/s の場合は、v2Sρ/g = 20・1・1.3 /10 = 52[kgw](kgwは、キログラム重と読み、力が相当する物質の重さをkgで表した量)となる。これなら、列車はびくともしないが、列車全体にかかる力は、列車の面積を掛けなければならない。大ざっぱに、長さを20 m、高さを4 m とすると、S = 80 m2なので、一両の列車に働く力が、80・52 = 4,160 kgw或いは 4.1 トン重と得られる。新聞報道によると、一両の重量が40トンなので、これならば、まず脱線する心配は無い。風速20 m/sの時には、警報が鳴るだけ、と言うのもうなずける。

 さて、これが40 m/sになると、速度の2乗に力が比例するのだから4倍になることはすぐに計算できる。そうすると、17トン重近くになり、そろそろ、無視できない大きさになっていると言える。さて、ここで、ちょっと気を付けないといけないことがある。それは、今の計算が、風の速度が列車にあたった後、丁度ゼロになると言う仮定で計算した。しかし、実際には色々な場合があり得るわけで、45度で反射すれば、約1.4倍になり、更に180度向きを変えるような反射をする場合には、この力が丁度2倍になることがニュートンの運動法則から示される。そうすると、最大で34トン重である。40トンの車両の片側の車輪が浮くのには十分な力になりそうである。しかし、この効果は、風の場合には通常は考えなくて良いだろう。さて、車輪が浮くかどうかは、片方の車輪を支点とした回転運動を検討することにより、見積もられる。

列車を回転させる力のモーメント

 回転の運動方程式(dL/dt = N = r x F、"x"はベクトルの外積を表す)を使えば、列車が風によってどの程度傾くかを予測出来る。車輪の間隔を1m、車両の重心高を2m(これはちょっと過大評価かな?)、質量を40トンとしよう。その時に車両が傾くかどうかは、風による力のモーメントNWINDと、車両に働く重力による力のモーメントNCARの釣合いによってきまる。車重による力のモーメントは重心高に強く依存するが、ここでの仮定の下では、NCAR20トン重・m 程度になる。腕rと重力Fの成す角度が180度に近いため、意外と小さくなる。一方、40 m/sの風による力のモーメントは、NWIND〜2m x17トン重=34トン重・mと、遙かにNCARよりも大きいので、確実に脱線・転覆しそうである。風速30 m/sでは、40 m/sの時の半分強になるので、丁度、車重による力のモーメントとバランスする。20 m/sであれば、10トン重・m弱と、余り心配はいらなくなる。

 風速30 m/sになると、車体が傾いてもおかしくはない。列車が直進だけをしていれば、片輪走行になっても脱線はし難いだろうが、軌道が直線からはずれると、脱線は逃れられない。今回の現場の写真を見ると、かなり直線的なので、片輪走行中に徐々にレールから外れて200mあたりで脱線したことも考えられる。

 今考えたのは、風が真横からのみ当たる場合であるが、実際には色々な可能性が考えられる。風の回り込みなどがあり、横風と、下からの風が組み合わさると、脱線の危険性は更に高まると予想される。下からの風は、見かけ上、車両重量を軽くする。そのため、横風の力のモーメントNWINDがずっと小さくても車重による力のモーメントNCARが下からの風力により減少した分だけ小さくなり、回転する可能性が増すことになる。例えば、20 m/sの風であっても、横と下から吹き上げると、見かけ上、車重は40−4=36トンになり、NCAR18トン重・mに、一方、横風の力のモーメントNWIND8.3トン重・mと、近づく。風速25m/sでは、それぞれ、16トン重・m 強と13トン重・mと、殆ど同程度まで近づく。

 もう一つの要素は、横風の力が重心に作用すると仮定しているが、風が抜けるには車両の上に風が回りやすいことも考えられる。そうすると、力のモーメントの腕の長さが実効的に長くなる。車高4mなので、車重心2mの代わりに3mを使うと、NWIND1.5倍になる。そうすると、風速25mでは確実に傾く可能性が出てくる。

まとめ

 こう考えてくると、風速25 m/s の風であっても、条件によっては無視の出来ない影響を及ぼすことが分かってきた。と言うよりも、風速警報は結構、良い値を突いている、と言うことが確認できたともいえる。また、条件次第では、危険であることが十分予測される。特に、下が塞がれていない鉄橋を渡る時の風というのは怖いものだと思い知らされた・・・

 今回の事故現場の名前、余目鉄橋を見て、すぐに余部鉄橋の列車落下事故を思い出した。落下したことまでは記憶になかったが、確か余部は山陰だったのに同じ名前?と感じたことを思い出す。事故というのは、通常の平均的な状況では起こらなくても、悪条件が重なると、予想を超えた大事故に至るので、この類の事故が今後起こらないよう、十分な安全性の検討の元に対策を立てて欲しいと願っている。

 最後に、亡くなられた方々、そのご家族、負傷された方々やご家族に心からご冥福と、早いご回復を祈念致します。そして、捜索、原因究明、復興にご尽力される多くの方々に感謝してこの項を閉じることにします。


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# 12/27/05

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