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フラーレン固体の電子状態の圧力下ESRによる研究

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研究代表者:東京都立大学 溝口憲治
研究分担者:東京都立大学 坂本浩一


 本特定研究のテーマとして他では真似の出来ない圧力下のESRを用いた、磁性の基底状態を持つフラーレン固体の内、16Kで強磁性に転移するTDAE-C60と、50Kで反強磁性を示すAC60(AはRb或いはCs)の電子状態および磁性発現機構の解明を行い、明解な結果を得ることが出来た.以下にその内容を記す.

1.TDAE-C60 

 TDAEはTetrakis-dimethyl-aminoethyleneの略称で、全く遷移金属元素を含まない、純粋な有機化合物としてはもっとも高い強磁性転移温度16Kを示すため、精力的に研究されてきた.しかし、初期の段階では粉末試料を用いていたため、表面の効果に支配された、観測された磁気モーメントの大きさが小さい、経時変化が見られる、ヒステリシスが観測されない、微少圧力で磁気秩序が消える、などの観測結果から、スピングラス、寄生磁性、キャント磁性、弱強磁性、金属強磁性など、強磁性発現機構として種々の提案がなされた.その後、スロベニアの Mihailovic らのグループによる単結晶作成の成功以来バルクの性質が調べられるようになった.その結果、π電子系に特徴的な双極子相互作用による10ガウス前後の非常に小さな異方性を持つ弱強磁性体であることが分かってきた.しかしながら、強磁性発現を支配する相互作用は未だ明らかにされていない.

 本研究では、強磁性転移温度の静水圧依存性を、クランプ型圧力セルを用いたESRで調べた.図1にESRの共鳴磁場の温度変化を示すが、これから各圧力での強磁性転移温度が図2に示すような2次関数的に減少する圧力依存性を示した.図中の実線は、産総研の川本による軌道秩序模型に、この系に相応しいパラメータを用いて実験データを再現した結果である[1,2].図3は軌道秩序模型を示す.一価のC60-イオンは静的ヤーン・テラー効果で歪み電子系のエネルギーを下げる.図のようにヤーン・テラー軌道が交互に並ぶ場合には、強磁性的な交換相互作用になるが、均一に並ぶと反強磁性的になる.その理由は、図3の場合には、軌道の対称性から基底状態間の移動積分 tg がほぼ零になるので、相互作用を決めるのは tg ではなく tl であり、正の分子内交換相互作用 J を通じ、分子間でも正の交換相互作用が生き残ることによる.圧力により変化するのは、立方対称性からのずれによる基底状態間の負の交換相互作用が増大することから来ており、全体としては正の交換相互作用が圧力の2乗で弱くなり、図3の実線を与える.定量的にも実験を再現する点や、軌道の反強的な秩序の実験的な示唆もあり、正しい強磁性発現機構を与えている可能性が高い.

 また、大変興味深い事実が加圧実験から分かった.約 10 kbar 以上の圧力を加えると、c 軸方向に C60 分子がAC60 の場合と同様に [2+2] の高分子に転移し、常圧に戻しても450Kまで安定な絶縁体(β相)になることが分かった[1].しかも、強磁性体(α相)では死んでいたTDAE 上のスピンが生き返ることも明らかになり、今後、フラーレン化合物の本質を極める上で大変有用な事実だと考えられる.

[1] K. Mizoguchi, M. Machino, H. Sakamoto, T. Kawamoto, M. Tokumoto, A. Omerzu, and D. Mihailovic, Phys. Rev. B 63, 040417(R)1-4 (2001).
[2] T. Kawamoto, M. Tokumoto, H. Sakamoto, and K. Mizoguchi, J. Phys. Soc. Jpn. 70, 1892-5 (2001).

2.AC60 

 この系は、C60 同志が互いに2本の手を出し合い1次元高分子を構成する常温以下で安定な斜方晶の化合物である.350K以上では結合が切れ、面心立方構造をとり、除冷する事により元に戻る.本研究では粉末試料を用いた.この物質に関する多くの初期の実験的研究からは、C60の一次元高分子の1次元金属的なフェルミ面に、スピンの反強磁性秩序発現による単位格子の2倍化に伴うギャップが50Kで開くために、反強磁性基底状態になると考えられていた.しかし、本実験からは全く異なる機構が結論された.
 圧力下において、試料中のESR信号強度と試料管中のフッ素NMRの信号強度の比較により、in-situでスピン磁化率の温度依存性を知ることが出来る.反強磁性転移温度では、常磁性共鳴から急に反強磁性共鳴に変化するため、常磁性スピン磁化率が急減する.それを利用して圧力下の反強磁性転移温度を得た.報告されている圧力下の電気伝導度の温度依存性[3]と合わせ解析すると、図4に示す相図が得られる[4].この相図の特徴は、常磁性状態は、常圧で絶縁体、2kbar 以上で金属相になり、2〜11kbarにおける基底状態が反強磁性の金属相と言う点にある.反強磁性金属相は理論的に磁気的なフラストレーションがある場合に出現すると言われており、この系の fcc 的な構造はこの条件を満たしている.しかし、これらの相は、従来の解釈である一次元金属のフェルミ面の不安定性とは相容れず、絶縁体の一次元鎖間距離が圧力により3次元的な金属相に転移するモット・ハバード系で理解するのが合理的な解釈と結論される[4].

当初より、理論的には3次元的な電子系が予測されており、本研究はコンシステントな結論を与える.一方、実験的には、1.光学伝導度が300Kで金属的なドルーデテイルを与えること、2.ESR線幅が、超伝導体のRb3C60の約500ガウスに比べ5ガウス程度と非常に狭いのは、線幅の原因であるスピン・フォノン散乱(エリオット)機構が一次元金属では無効なため、3.構造が一次元高分子であるため、など多くの理由が挙げられていたが、全て本研究の結論とは矛盾しない.ここに挙げた例では、1.200K以下ではドルーデテイルが消えていくこと(ギャップがある)、2.エリオット線幅はgシフトの2乗に比例するが、それで規格化すると両者がぴったり一致すること、3.高分子の結合を与える炭素位置には殆どスピンがいないこと、などを指摘しておく.

 以上、2つの磁気的基底状態を持つフラーレン化合物の研究を行ったが、その結果、独立に見えたこれらの系は、加圧下では共に [2+2] のシクロアダクト高分子になることが明らかになった.高分子化したTDAE-C60は、TDAE分子の存在によりもっとも広い鎖間距離を持ち、キュリー的な磁化率を示す絶縁体であると結論された.その結論は、AC60について本研究で得られた相図から結論された常圧の電子状態、「過去の実験的結論を覆すモット・ハバード系の転移境界上に位置する」と一致しており、両化合物についての解析の妥当性が示されたことになる.

[3] K. Khazeni, V. H. Crespi, J. Hone, A. Zettl, and M. L. Cohen, Phys. Rev. B 56, 6627-30 (1997).
[4] H. Sakamoto, S. Kobayashi, K. Mizoguchi, M. Kosaka, and K. Tanigaki, Phys. Rev. B 62, R7691-4 (2000).

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