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平成16年度年次報告抜粋 |
ESR物性解明サブグループ研究活動の概要電子スピン共鳴(ESR)法を中心手段にして幾つかの興味ある物質について研究を進めている。通常は市販のX−バンド(10 GHz)やQ−バンド(36 GHz)スペクトロメーターが使われることが多い。これらの装置は感度が高く、有用であるが、本研究室では測定周波数を10〜24,000 MHz にわたって変えられる手製のスペクトロメーターを用い、パラメーターとして温度、周波数、圧力を変え、電子状態のユニークな情報を得ることを目的としている。 この種の研究が可能なグループは、単一の研究室としては世界的に見ても殆ど例がない。本研究手段の特徴を幾つかあげてみよう。低次元電子系では、スピン担体の微視的なダイナミクスの異方性を定量的に見積れ、多結晶試料にも適用できる非常にユニークな特徴がある。また、同一試料内の核スピンと電子スピンを同一周波数で観測すれば、試料内の反磁性に影響されない電子スピン磁化率を測定できる。静水或いは一軸加圧下でのESR実験も可能で、任意の軸のみ或いは一様に格子定数を変えて、電子間、電子格子間の相互作用を変調し、物性発現に寄与する相互作用を調べられる。物構研の松本先生のご協力により、CrNiAl材を内筒に用いた超高圧用セルや、クランプ型ではないその場加圧用のプローブも作成し調整中である。今後、Cubic anvil セルを用いた更に高圧領域のESR開発も視野に入れている。以下に今年度行われた研究の概要を整理する。
ア)生物の遺伝情報をつかさどるデオキシリボ核酸(DNA)は、燐酸、糖に加えて4種のアミノ基、グアニン(G)、シトシン(C)、アデニン(A)、チミン(T)の組合せによって構成される有機高分子であり、2本がG-CとA-Tの組み合わせで梯子構造を作る2重螺旋構造を持つ。これらのアミノ基の配列は任意に設計して合成することもできるフレキシビリティを持つ。最近の、ナノマニピュレーション技術の発展に伴い、単一の、或いはバンドルのDNAの電気輸送特性の報告が色々となされてきた。それらによると、絶縁体、金属、超伝導の近接効果を示す等の種々の結果が報告されており、統一の理解には遠いのが現状である。一方、積極的に、ZnCl2を用いてZn2+をドープすることにより、ナノサイズの分子の電線として機能することが報告されてきた。昨年度に引き続き、2価の金属イオンをサケのDNAにドープし、ESRやSQUID、TEM(透過型電顕)、比熱、X線蛍光分析等により電子状態を調べた。イオン種として、昨年度調べたZn, Ca, Mg, Mnに加え、他の3-d遷移元素も調べた。今年度は、特にMnをドープしたMn-DNAについて詳しく解析を行った。X線蛍光分析から、DNA骨格の燐酸の数とMnイオン数の比がほぼ2対1であることから、天然のサケDNAに含まれていたNaイオン2つの替わりにMnイオンが1つ入っていること、ESRやSQUIDの解析から、S=5/2 のスピンがAT或いはGCあたり1つ存在すること、ESR 線形の解析から、Mnイオンが図1(b) のように1次元的に配列していることが確認された。また、DNAは湿度に依存して図1(a) に示したB-DNAからA-DNAへの構造変化が起こることが知られている。Mn-DNA内の水分量を調整するとESR線形が大きく変化することから、加湿下ではB-DNA構造をとるが、乾燥下では、2重螺旋がコイル上に巻いたA-DNA構造に変わると理解できる事などが明らかになった。
イ)C60を構成要素とする強磁性体、TDAE-C60の単結晶の一軸変位下のESRにより、我々が提案してきたモデルの検証実験を進めている。従来、この系は純粋な有機系の強磁性体としては最も高い転移温度16 Kを示すことから活発な研究が行われてきた。我々は、転移温度の静水圧依存性とコンシステントで、かつ、定量的にも合理的な転移温度を与えるモデルを電総研の川本徹氏、徳本圓氏との共同研究により進めてきた。それは、協力的ヤン・テラー相互作用で歪んだC60ボールの反強磁性的な軌道秩序が、この有機強磁性の起源とする機構を考える。一軸変位下のESRによる強磁性磁化の温度依存性から、一軸変位を起こすことに起因する、電子間相互作用の起源を検証している。昨年度の試みでは、圧力セル外で、方位を決めた単結晶試料をエポキシ樹脂で円筒に固めていたが、今年度は、圧力セルと試料を含むエポキシ円筒との間の隙間が歪み量の位置毎の分布を生み出すことを避けるために、圧力セル内で試料をエポキシで固めた。その効果は顕著に現れ、非常に綺麗な変位依存性が観測されており、明解な結論が下せると期待できる。(産総研との共同研究) ウ)一次元的なDMe-DCNQIスタックとLiやAgイオンのスタックから成る1/4-filledの一次元電子系結晶、(DMe-DCNQI)2M (M=Li, Ag or Li1-xCux) は転移温度65-80 Kのスピンパイエルス(SP)基底状態を持つ。これらの系は、1/4-filledであるにも係わらず、狭い1次元バンドのためにLower Hubbard bandからなる一次元half-filledバンドになっている。そのために、2量体化して室温では4kF電荷密度波(CDW)状態が実現している。すなわち、パイエルスギャップを持ち、2量体あたり1つの電子が存在するMott-insulatorになっている。しかし、65 Kのスピンパイエルス転移温度以上の電気伝導度は、10〜150 S/cm程度とかなり高いことが知られている。分子研のW-band ESRによるこの絶縁相の解析の結果、スピンのスタック間ホッピングが電気伝導度と同じ250 K程度の熱励起温度を持つことから、分数電荷を持つホールソリトンとスピンソリトンの伝導がこの絶縁相の電気伝導を担うことを示した。(理研、分子研との共同研究)今年度は、中央大学との共同研究により、これらの系の1H NMRと13C NMRとを用い、DMe-DCNQI分子上の電荷密度分布の決定をした。その結果、Li塩はLiから1つの電子がDMe-DCNQI分子上に移動していると考えられるが、分子内の電子スピン密度分布は、第一原理計算の結果とコンシステントであった。他の塩でも、分子内分布には大きな違いは見られなかった。しかし、従来、Ag塩においても、Li塩の場合と同様に、Agは+1価だと信じられてきたが、そうではないことが強く示唆される結果が得られた。物性は、Li塩に近いが、最近は色々な面で違いも見出されているが、その原因の一端が、フェルミ面に掛かった、Agの3-d軌道にある可能性が出てきた。第一原理計算により既に指摘されてはいたが、信じられていなかった。ここに、実験的に確認されたことになり、今後の発展が興味深い。(中大、理研、学習院大、分子研との共同研究) エ)交互積層型電荷移動錯体はドナー分子、アクセプター分子が交互に並んだ柱から成っており、中性相、イオン性相の二種の相が存在するという特徴を持つ。(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)及び(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)は、二次元的相互作用の強いBEDT-TTF分子及びBEDO-TTF分子のために低温でのスピン-パイエルス転移が押さえられると予想される。実際に、常圧でイオン性相にいる(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)は、キュリーワイス温度依存性を示し、分子当たり1スピンが存在する。一方、(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)では圧力と共に中性ーイオン性転移温度が上昇するが、転移温度以下ではやはりドナー分子とアクセプター分子が対になりシングレットを形成する事や、イオン相の温度発展の様子を詳しく解析した。中性-イオン性転移は1次転移と考えられるが、両相の間のエネルギー障壁の大きさが転移温度程度であるために短時間で熱平衡になり、クロスオーバー的な転移になることが分かった。また、転移温度以上では中性相になるが、一定の割合の中性相が高温まで熱誘起相として残ることが分かった。これも、両相の間の自由エネルギーの差が転移温度と同程度であることが原因として理解できた。(産総研、分子研との共同研究) オ)有機の電荷移動錯体の1種である、(BEDT-TTF)TCNQは、数種の異なる構造を持つことが知られている。β'-体は、BEDT-TTFの構成する2次元シートと、これらのシートに挟まれるように並んだTCNQ鎖のシートからなっている。BEDT-TTF分子からTCNQ分子にほぼ1/2個の電子が移っており、それぞれが1/4-充填バンドを持つ。常圧では、半導体であるが、330K以上では金属的な電気伝導度の温度依存性を示す。この系の電子状態を調べる目的で、低周波から100GHz近くまでの広い周波数範囲に渡るESRの解析を進めている。35GHzと94GHzにおける線幅と共鳴位置(g-因子)について、単結晶軸と磁場の角度依存性を解析することにより、BEDT-TTFシートとTCNQ鎖の間の電子のホッピング確率の温度依存性を求めた。その結果、300Kで3x109 (s-1) と非常に遅いことが明らかになった。しかも、その温度依存性は、通常の熱励起型で期待される温度上昇に伴う増大ではなく、exp(T0/T) と減少することが見出された。この結果は、BEDT-TTF分子とTCNQ分子のそれぞれのπ軌道が互いに直交していることを反映していると理解できる。逆熱励起的な温度変化は、熱運動が両分子間のトランスファー積分を減少させているためであると考えられる。これらの結果から、電気伝導は、両分子間は経由せず、BEDT-TTFシート内、或いはTCNQ鎖内を経由していると考えられる。330K以上では、BEDT-TTFシートが伝導層になり、それ以下では、Mott絶縁体とも考えられるが、まだ、明確になっていない。一方、磁気的には、3K以下でTCNQ鎖が反強磁性的な秩序を起こす。一方、BEDT-TTFシートのESR信号が20Kで消失することから、やはり反強磁性的な秩序をTCNQ鎖とは独立に起こしている可能性が見出された。大変興味深い系であり、今後更に調べていく予定である。また、β"-体も、大まかには金属的な電気抵抗の傾向があるが、いくつもの異常がみられる変わった系であり、測定を始めている.(埼玉大、分子研との共同研究)
カ)TEMPOL(Hydroxy-tetramethylpiperidinoxyl-radical)は、>N-O・型のフリーラジカルとして、ESRの標準試料にも使われる、安定な不対電子スピンである.TEMPOLを構成要素とした分子結晶が、0.1K近辺で強磁性を示すことも知られている。このフリーラジカルを導電性高分子に枝として付けた系についてその磁性に注目して調べている。(日本化成との共同研究)
研究業績論文
学会講演日本物理学会 第59回年次大会 2004年3月27日〜3月30日 (九州大学)
日本物理学会 2004年秋季大会2004年9月12日〜9月15日(青森大学)
国際会議The International Conference on Synthetic Metals (ICSM2004), Wollongong, Australia, June 28 - July 2, 2004
International Conference on Molecule-based Magnets (ICMM 2004), Tsukuba, Japan, October 4-8, 2004
International Conference on Electroactive Polymers: Materials & Devices (ICEP 2004), Dalhousie, India, November 1-5, 2004
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