HOME 1次元有機化合物の絶縁相における電気伝導機構の解明 Dpt. Phys. TMU
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研究代表者:東京都立大学院理学研究科 溝口憲治
研究分担者:東京都立大学院理学研究科 坂本浩一

1. 序論


 A03「新機能探索」班の公募研究として、我々の持つ世界的にもユニークな、下は数MHzから上は100GHzにわたる広い周波数領域、および3GPa(将来は10GPaを目指す)までの高圧下におけるESRを活用し、分子性導体の示す種々の物性発現機構解明を目指している。本報告では、これまでに得られた成果を纏めてある。
 研究対象は、析出積層型の
1)1/4-充填ダイマー型モット絶縁体、(DMe-DCNQI)2M、(M=Li、Ag、Li-Cu)、
2)8GPaの高圧下で反強磁性から超伝導への転移を示す(BEDT-TTF)2ICl2
3)BEDT-TTFの2次元シートとTCNQの1次元鎖からなるβ'、β''-(BEDT-TTF)TCNQ、
そして、交互積層型の
4)圧力下で中性イオン性転移を起こす (BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)、
5)120Kで分子間の重なりの変化に伴う1次転移を起こす(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)、
6)金属イオンを挿入したDNAの電子状態
等である。以下に、現状を記す。

2. 本論


1)1/4-充填ダイマー型モット絶縁体、(DMe-DCNQI) 

 この系は、配位した金属イオンから、1次元的に積層したDCNQI分子のLUMOバンドに電子が供給され、部分的に詰まったπバンドを形成している。3d-軌道がLUMOバンドと重なるCu塩では3次元的なバンドを持つ金属になるが、3d-軌道による3次元的ネットワークを持たないと考えられるAg塩やアルカリ金属のLi塩では、1次元πバンドの性格を反映した電子相関の強い1次元系の振る舞いを見せる。

 従来、W(94GHz)-Q(34GHz)バンドESRによる隣接するDMe-DCNQIカラム間電子スピン・ホッピング率の温度依存性から、4kF-CDWの2量体・Mott状態における電気伝導機構は、2量体が熱乖離して生成する分数荷電ソリトン対(スピン、ホールソリトン)が提供するホールが主要な役割を果たすことを明らかにしてきた。
 興味深いことに、ESR線幅の温度依存性及び圧力依存性も、TSP以上ではソリトン数の温度変化とおなじ熱励起温度を使って、ΔH1/2Aexp(P/2-240/T), (P:[GPa], T:[K]) と再現できることが分かった。また、Li, Ag, Li-6%Cuと金属イオンが変わるにつれ、線幅の係数AがLiの56倍 (Ag)、130倍 (Li-Cu)と増加する。これは、電子スピンのカラム間ホッピングに伴うスピン軌道相互作用を介して起こる、スピン緩和が線幅の原因であることを示唆している。この仮定の下に、各塩ごとにカラム間ホッピング率を求め、直流電気伝導度sdcとの比較をした結果、sdcが電子のカラム間ホッピングにより律速されているとの結論が得られた。この結果からも、1/4-充填系のTSP以上では、運動するソリトンによる、4kF-CDWグラス状態である事が確認された。
  一方、これらの系のMAS或いはCP/MASを用いた1Hと13C核の高分解能NMRを行い、DMe-DCNQI分子上の電子スピン密度分布を調べてきた。Li塩は、d-バンドを持たないsimpleな系なので、Li塩を基準に、d-電子を持つAg及びCu塩との比較を進めている。Li塩のDMe-DCNQI分子上の電子スピン密度分布は、宮崎等による第一原理計算結果に近いことが分かってきた。一方、d-電子を持つAg塩は、物性的にはCuの場合のようなd-軌道を介した3次元バンドとは対照的に、d-バンドはあまり物性には寄与していないと考えられてきた。実際に低温では、Li塩同様、1次元性由来のスピンパイエルス転移を80K前後で起こす。しかし、1H NMRと13C NMRのシフトから見積もられたスピン密度は、室温でほぼ同じ磁化率を持つLi塩よりも2割前後小さいことが明らかになった。その減少分は、Agイオンに局在したs-或いはd-バンドにいると考えられる。この結果は、上に議論したAg塩のカラム間ホッピングが、Li塩に比して56倍も早い事実と一致する。Cu塩の場合は、明らかにCuのdxy-バンドが3次元的フェルミ面に寄与しており、DCNQI分子上にはLi塩の7割程度しか電子スピンがいないことが観測されてきた。今後、AgのNMRにより以上の点を明らかにしていきたい。

2)8GPaの高圧下で反強磁性から超伝導への転移を示す(BEDT-TTF)2ICl2

 8GPaで14Kの有機導体としては最も高い超伝導転移温度を示す標記の塩の磁気相図を、圧力下ESRにより調べている。1.4GPaまでの結果では、反強磁性転移温度が約20Kから40K前後に上昇した。超伝導が現れる8GPa近傍では100Kまで上昇することが予想される。現在、産総研の竹下グループとの共同研究で、10GPaまでのESR測定を目指し、Cubic anvilのESRスペクトロメータの作成を進めている。2mmのテフロンセル内でESR信号の確認は出来ており、近い将来の完成を目指している。

3)BEDT-TTFの2次元シートとTCNQの1次元鎖からなるβ'、β''-(BEDT-TTF)TCNQ

イ)β'塩

 ESRとNMRの信号強度解析からスピン磁化率の温度依存性を求めた。SQUID磁化率との比較から、20Kと3K以下で2段階の常磁性ESR信号強度の減少が確認された。この結果と、g値の異方性・温度依存性による室温近辺の磁化率のETシートとTCNQ鎖への分離から、ETシートのスピンが20Kで反強磁性秩序を起こし、また、TCNQ鎖は3K以下で反強磁性転移を起こすことを明確に示した。TCNQ鎖の磁化率は約4Kのキュリーワイス則に従うことが分かった。WとQバンドにおける周波数依存するESR線幅の解析から、互いに直交する分子面を持つことと一致して、TCNQ鎖とETシート間のホッピング頻度が109〜1011 (rad/s)と非常に遅く、4Kのキュリーワイス温度がTCNQ鎖内の交換相互作用に起因することが確認出来た。この非常に弱いET-TCNQ相互作用は、反強磁性転移が強い2次元的相互作用と、遙かに弱い3次元的双極子相互作用により起こることが分かった。

ロ)β"塩

 b'塩とは対照的に、ETとTCNQ分子面が互いに平行な結晶構造を持つβ"塩は、170K、80K、20Kに電気伝導度の異常を示すが、全般的に金属的な電気抵抗の振る舞いを見せる。β'塩で確立したg値の異方性の解析による磁化率分離により、ETシートとTCNQカラムの磁化率の温度依存性を分離することに成功した。それによると、電気伝導度と共に170Kに観測される磁化率の異常は、ETシートから来ることが分かった。170K以上では、ETシートに電荷分離が起こっているとの報告があるが、TCNQ鎖の常温における1H-NMRのシフトには電荷分離に起因するシフトは観測されなかった。また、80Kでは磁化率の温度依存性に僅かな傾斜の変化は見られるが、ピークなどの顕著な異常は見られなかった。しかし、80K以下において、g値や線幅に顕著な周波数依存性が観測されたことから、何らかの磁気的な変化が示唆される。これらの周波数依存性の解釈の一つの可能性として、一次元性の強いTCNQカラムに反強磁性的な揺らぎが生じていることが考えられる。また、20Kの異常は、TCNQ鎖の磁化率が急減することから、TCNQ鎖の磁気的秩序の関与が考えられる。ESRの結果を解釈するには反強磁性秩序が最適と考えられるが、磁化率が指数関数的に減少し、異方性はあまり見られないことから、スピン−パイエルス転移の可能性も残されているが、ESRデータの説明が困難になるという矛盾が残されている。

4)圧力下で中性ーイオン性転移を起こす (BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)

 交互積層型電荷移動錯体(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)は、ドナー分子BEDT-TTFとアクセプター分子ClMeTCNQが交互に積み重なった一次元鎖から成る。加圧下または低温でスピンーパイエルス(SP)転移を伴った中性-イオン性(N-I)転移を起こすことが知られている。いくつかの圧力下でのESR強度から求めた電子スピン磁化率の温度依存性にはブロードなピークが観測され、圧力-温度相図と比較することにより、ピークの温度はN-I転移点に対応することがわかった。そこで、ピークの低温側への減少はSP転移によるスピンの減少に、また、高温側への減少はイオン相の減少によるスピン数の減少にそれぞれ対応すると考えられる。一方、1.69GPaでは室温で既にイオン相にあり、磁化率の単調な減少からSPギャップが1100Kと見積もられることから、1100Kのギャップを持つ指数関数的温度変化とN-I転移によるイオン数の温度変化の積で再現できると期待される。この関係を利用して0.8GPaの場合のイオン数の温度依存性NI(T)が求められる。その結果、N-I転移が広い温度範囲にわたって起き、イオン相の割合が徐々に変化していること、すなわち、転移においてはイオン相と中性相が共存し、その割合が温度とともに変化することが分かった。さらに、転移点の十分高温側の中性相でも、イオン数が0とならず有限に残っていることがわかる。これは磁化率がピークの高温側で極小をとった後再び増加することに対応している。各圧力でのNI(T)を比較してみると、転移の幅、中性相でのイオン数は圧力とともに増加することがわかる。以上の振る舞いは、中性相とイオン性相の間の遷移に伴うエネルギー障壁の高さがTNI程度の二重井戸型ポテンシャルを考えることで理解ができる。また、室温での電気伝導度の圧力依存性は、N-I転移点に向かい急激に増大するが、イオン性相に入ると減少する。この伝導機構には中性相、イオン性相の共存が重要な働きをしていると考えられる。

5)120Kで分子間の重なりの変化に伴う1次転移を起こす(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)

 この系においては、ドナー分子BEDO-TTFによる二次元性がスピン-パイエルス転移を押さえるために、イオン性相でスピンが生き残っている。常圧下、120Kにおいて、分子変位により一次元鎖内のスピン間の反強磁性的相互作用が強められ、磁化率が大きく減少する構造相転移が起きる。これは三次元的スピン気体から一次元的スピン液体への転移と考えることもできる。圧力下ESRによる磁化率の測定から、この転移温度が圧力で容易に抑制されることがわかった。また、三次元的スピン気体と見なせる相は10kbar以上の圧力のもとでは、Bonner-Fisher型の磁化率を示す一次元Heisenberg鎖に移ることが見いだされた。

6)金属イオンを挿入したDNAの電子状態

 DNAは、設計可能な有機導体の可能性が色々と提案され、多くの議論を集めた。電荷の導入に関連して、2価の金属イオンをDNAにドープし、その電子状態をESRで調べている。2価の金属イオンが、DNAの2重螺旋の中央部分の2つの塩基を結ぶ水素結合を置換して入っていることを示唆する結果が得られた。Mnを入れた場合には、S=5/2の1次元アレイが形成され、B FormからA Formへの形状転移に伴う磁気的変化が見いだされた。

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