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平成20年度年次報告抜粋 |
ESR物性サブグループ研究活動の概要電子スピン共鳴(ESR)法を中心手段にして興味ある物質について研究を進めている。ESRというと、通常は市販のXーバンド(10 GHz)やQーバンド(36 GHz)ESR スペクトロメーターが使われることが多い。これらの装置は感度が高く有用であるが、本研究室では測定周波数を10〜24,000 MHz にわたって可変のスペクトロメーターに加え、分子科学研究所との共同研究による94,000 MHzまでのESRを用い、温度、周波数、圧力をパラメーターとした電子状態の解明を目指している。 この様に広範な周波数にわたるESRの研究が可能なグループは世界的に見ても例は多くない。本研究手段の特徴を幾つかあげてみよう。一つは、低次元電子系であれば、たとえ多結晶試料であってもスピンの微視的なダイナミクスの異方性を定量的に見積れる点。また、SQUID磁束計は常磁性磁化+反磁性磁化の合計しか測定できないが、同一試料内の核スピンと電子スピンの磁気共鳴を同一周波数で観測すれば、反磁性に影響されない電子スピン磁化率のみを測定できる。更に、静水圧下或いは一軸変位下でのESR実験も可能で、任意の軸のみ、或いは一様に格子定数を変えて、電子間、或いは電子ー格子間の相互作用を変調し、物性発現に寄与する相互作用を調べることができる。物構研の松本先生のご協力により、CrNiAl材を内筒に用いた高圧用セルを用いると3 GPaまでかけることが出来るが、産総研との共同研究により、均一で更に高い圧力が発生できるcubic anvil セルを用いた10 GPaまでの高圧下ESRを開発している。 以下に今年度行われた研究の概要を整理する。 1)DNA我々生物の遺伝情報をつかさどるデオキシリボ核酸(DNA)は、燐酸、糖に加えて4種のアミノ基、グアニン(G)、シトシン(C)、アデニン(A)、チミン(T)の組合せによって構成される有機高分子であり、G-CとA-Tの組み合わせにより2本のDNAが2重螺旋構造を構成する。これらのアミノ基の配列は任意に設計して合成できるフレキシビリティと、高い自己組織化能を示すことから任意の形状のナノサイズ構造物をDNAの2重螺旋で構成出来ることも報告されている。 一方で、人類のDNAは1 mにも及ぶことが知られているが、放射線照射により作られた欠陥から、かなり離れた部分に遺伝情報の異常が発生したりする事から、ソリトン伝導など、何らかの高速な情報伝達機構があるのではないか等、その本質には未だ計り知れない神秘性が残されている。本研究グループでは、この未知の物質について報告される新規な現象を物性物理の立場からチェックしていくこと、これまでの研究から半導体であることが確認されてきた天然のDNAに電荷担体を導入し、ナノエレクトロニクスの素材としての可能性を調べることを目的として研究を進めている。 2 価の金属イオンが DNA の塩基対の間の水素結合と入れ替わる事を利用して、多くの 2 価の金属イオンを入れる事が出来る。これまでにも、スピンを持つ Mn を含む Mn-DNA について、その電子状態を調べるために Mn の ESR や SQUID 磁化率などを利用してきた。水に溶解すると、Mn-DNA は熱運動をし、そのスペクトルに先鋭化が起こる。そうすると、Mn が核スピン I =5/2 を持つため、ESR 信号が核スピンの磁気量子数に応じた共鳴位置のシフトを示し、結果として図 1 に示すような 6 本のスペクトルに分裂する。Mn の d-電子と原子核は、原子核と Fermi 接触相互作用をする内殻の s-電子を介して相互作用している。それ故に、d-電子が周囲の原子とどの様な結合をしているかに依存して、その強さが変化することが知られている。共有結合性が強い場合には、図 2 に示すように、d-電子の波動関数が 結合原子との間に集まるため、核スピンとの結合が弱まり、イオン結合の場合は、球対称のコンパクト な分布を取り、核スピンとの結合が最も強くなる。Mn-DNA の値は、イオン結合の CaF2に近い値を取り、かなりイオン性が強いことを示唆する。Mnが、電気陰性度の高い窒素や酸素に囲まれた塩基対間に位置するという解釈から、合理的な結果を与えていると結論される。(分子研との共同研究)
2)(BEDT-TTF)2ICl2有機電荷移動錯体(BEDT-TTF)2ICl2は常圧、22Kで反強磁性転移を起こすMott絶縁体であるが、8.2GPa以上の圧力下で有機導体として最高の転移温度14.2Kで超伝導転移を示すことから注目されている。常圧での電子状態がどの様に金属的状態に変化するかを圧力下ESRを用いて調べている。高圧(3GPaー10GPa)での測定のために、キュービックアンビルセルを利用したESR装置の開発を進めている。外形2.5mmのテフロンカプセル内に、粉末試料を約1.3mg入れた直径約1mmのコイルをセットし、数百MHzにて、数十秒間の積算によりきれいな吸収信号が得られた。圧力下において試料のスピン磁化率を較正するために、既知の磁性を持つDPPH(diphenyl-picryl-hydrazyl)を試料コイルに埋め込む試みを進めている。今後、実際に加圧下で温度を変えながらDPPH標準試料のスピン磁化率の較正、そして試料の測定を進めていく予定である。(埼玉大、産総研との共同研究) 3)β'-(DMe-DCNQI)2M & β''-(DI-DCNQI)2M有機の電荷移動錯体の1種である、β'-(DMe-DCNQI)2Mは、平面構造を持つDMe-DCNQI分子がほぼ並行にスタックして高い1次元性を持つπ-バンドを構成している。4つの分子が、金属原子Mを介して結合しており、金属の種類によりその異方性が制御できる。M=Li+の場合は、完全なイオン結合であり、Li イオンを介した分子間の電子ホッピングは非常に遅い。一方、M=Cuの場合には、3d-軌道を介した方向性を持つ結合による混成が強く、3次元的なバンドが形成されている。ところが、M=Agの場合には4dバンドが安定でEFより深いため、Li+の場合に近い物性を示す。ところが、我々の固体高分解能NMRの結果によると、DMe-Ag塩では、DMe-DCNQI分子上のスピン磁化率がDMe-Li塩より2割程度小さいことが明らかになっている。その原因を探るために、Ag-NMRの測定を準備中である。
予備的に、Li-NMR を調べた結果、1価のイオンのはずにも関わらず、LiCl 水溶液の NMR シフトからずれることが分かった。シフトの方向は、見かけ上、1価以上に相当する。しかし、その原因は、隣接する DMe-DCNQI 分子の両端に位置する窒素上の π 電子スピンが Li の 1s 殻を分極するために、内殻分極特有の負のシフトを生じていると理解している。Ag の電子状態を調べるためには、類似構造を持つ、メチル(Me)基をヨウ素に変えた、DI-DCNQI 分子との比較が興味深い。この系は、大きなヨウ素のイオン半径のために DI-DCNQI 分子面間隔が開き、狭いバンド幅を持つモット絶縁体である。1Hおよび 13C NMR、ESR などの結果によると、分子上の π 電子は、かなりの割合でヨウ素に集中していることが明らかになった。今後、Ag-NMR を実現し、更に電子状態を明らかにしていく。(中大、北大、学習院大、理研、分子研との共同研究) 4)ラジカル導電性高分子TEMPO(Hydroxy-tetramethylpiperidine-radical)は >N-O・ 型のフリーラジカルとしてESRの標準試料にも使われる安定な不対電子スピンを持つ分子である.このフリーラジカルを種々の π-共役高分子に組み込んだ系は、秒のオーダーで充放電が可能なラジカル2次電池の材料として有効である。京大・高分子専攻の増田研究室で合成された種々の TEMPO-高分子についてその2次電池としての性能を村田製作所の佐藤氏が検証してきた。これらの系は通常の 2 次電池と異なり、2 段階充放電することも明らかにされた。この機構を検討するために、電子の出入りを ESR で、Li イオンの移動を Li-NMR で、TEMPO分子のカチオン、中性ラジカル、アニオンの存在を IR で、又、これらの結果を MOPAC を用いた分子軌道計算で調べた。その結果、TEMPO 分子から2つの電子が出入りする、2電子過程により2段階放電していることを立証した。(京大(現福井工大)、村田製作所、日本化成との共同研究) 5)Au-TTFCl錯体TTF-Clを含むTTFハライド塩は、ハライドが混合原子価状態の時は金属的であることが 知られており、ナノデバイスの要素として期待されている。最近Auを含む一次元的有機金属ハイブリッドナノワイヤー、(TTF-Cly)Auxが合成された。SQUID、Q及びWバンドESRの結果、Auは微粒子として混じっているのではなく、TTFカラム間の電荷移動に本質的に関わっている可能性が示唆された。今年度は、W バンド ESR のパウダーパターンの温度変化から電子のホッピング率を見積ったところ、Au を含む試料の方がホッピング率が大きいことが示された。これは前記可能性を指示する結果である。(京都工繊大、分子研との共同研究) 研究業績論文
国際会議報告
学会講演日本物理学会 第 63 回年次大会 2008 年 3 月 22 日ー 3 月 26 日(近畿大学)
日本物理学会 2008 年秋季大会 2008 年 9 月 20 日ー 9 月 23 日(岩手大学)
国際会議International Conference of Science and Technology on Synthetic Metals (ICSM 2008), Lecife-PE, Brazil, July. 6-11
Nanobiosystems: Processing, Characterization, and Applications, SPIE Optics+Photonics, SanDiego, USA, Aug. 10-14
The 18th Iketani Conference, Yumebutai, Awa ji, Hyogo, Oct. 21-23
16th International Colloquium on Scanning Probe Microscopy (ICSPM16), Atagawa, Shizuoka, Dec. 11-13
学会誌等
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