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平成19年度年次報告抜粋 |
ESR物性サブグループ研究活動の概要電子スピン共鳴(ESR)法を中心手段にして興味ある物質について研究を進めている。ESRというと、通常は市販のXーバンド(10 GHz)やQーバンド(36 GHz)ESR スペクトロメーターが使われることが多い。これらの装置は感度が高く有用であるが、本研究室では測定周波数を10〜24,000 MHz にわたって可変のスペクトロメーターに加え、分子科学研究所との共同研究による94,000 MHzまでのESRを用い、温度、周波数、圧力をパラメーターとした電子状態の解明を目指している。 この様に広範な周波数にわたるESRの研究が可能なグループは世界的に見ても例は多くない。本研究手段の特徴を幾つかあげてみよう。一つは、低次元電子系であれば、たとえ多結晶試料であってもスピンの微視的なダイナミクスの異方性を定量的に見積れる点。また、SQUID磁束計は常磁性磁化+反磁性磁化の合計しか測定できないが、同一試料内の核スピンと電子スピンの磁気共鳴を同一周波数で観測すれば、反磁性に影響されない電子スピン磁化率のみを測定できる。更に、静水圧下或いは一軸変位下でのESR実験も可能で、任意の軸のみ、或いは一様に格子定数を変えて、電子間、或いは電子ー格子間の相互作用を変調し、物性発現に寄与する相互作用を調べることができる。物構研の松本先生のご協力により、CrNiAl材を内筒に用いた高圧用セルを用いると3 GPaまでかけることが出来るが、産総研との共同研究により、均一で更に高い圧力が発生できるcubic anvil セルを用いた10 GPaまでの高圧下ESRを開発している。 以下に今年度行われた研究の概要を整理する。 1)DNA我々生物の遺伝情報をつかさどるデオキシリボ核酸(DNA)は、燐酸、糖に加えて4種のアミノ基、グアニン(G)、シトシン(C)、アデニン(A)、チミン(T)の組合せによって構成される有機高分子であり、G-CとA-Tの組み合わせにより2本のDNAが2重螺旋構造を構成する。これらのアミノ基の配列は任意に設計して合成できるフレキシビリティと、高い自己組織化能を示すことから任意の形状のナノサイズ構造物をDNAの2重螺旋で構成出来ることも報告されている。これらの性質に加えて電気伝導度が付与されれば、ナノエレクトロニクスの材料として有望であることから、最近は、物性面からのアプローチも盛んになってきている。 一方で、人類のDNAは2 mにも及ぶことが知られているが、放射線照射により作られた欠陥から、かなり離れた部分に遺伝情報の異常が発生したりする事から、ソリトン伝導など、何らかの高速な情報伝達機構があるのではないか等、その本質には未だ計り知れない神秘性が残されている。本研究グループでは、この未知の物質について報告される新規な現象を物性物理の立場からチェックしていくこと、これまでの研究から半導体であることが確認されてきた天然のDNAに電荷担体を導入し、ナノエレクトロニクスの素材としての可能性を調べることを目的として研究を進めている。 DNAの電子状態を変えるには幾つかの方法が考えられる。一つは、導電性高分子へのドーピングと同じように、電子をDNAから引き抜く電子アクセプターを入れることが考えられる。例えば、ヨウ素を導入すると電気伝導度の上昇や、電荷移動の証拠が報告されている。ヨウ素をドープしたDNAの電子状態を調べるために、そのESRにも興味が持たれる。そこで、DNAフィルムにヨウ素をドープしながらその四端子電気伝導度を調べた。実際に、電気伝導度が一桁以上にわたり上昇することが確かめられた。今後、そのESRを調べ、電子状態の変化を調べていく。 もう一つの方法は、2価の金属イオンがDNAの塩基対の間の水素結合と入れ替わる事を利用する。多くの2価の金属イオンが実際に入ることを確かめてきた。典型的には、Mnを入れたMn-DNAの電子スピンを通してその電子状態の情報を得てきた。よく知られるように、DNAは湿度に依存した構造変化をするので、Mn-DNAにおける湿度の影響も興味深い。湿度を変えながら、MnのESRを追っていくと、合成直後は生体内で取ることが知られているB-formと呼ばれる、よく知られた縄ばしごをねじったような2重らせん構造を取る。水分を除去すると、その構造はなわばしごでコイルを巻いたようなA-formに変わる。Mn-DNAでも同様な変化をする事が確かめられた。その後、もう一度、高湿度下に戻すと、天然のDNAは、再度B-formに変わるが、Mn-DNAの場合は、Mn間の距離が広がりはするが、B-formには戻らないことが分かった。これは、塩基対間に入ることにより、DNA高分子骨格のリン酸アニオンとのクーロン引力によるA-formとB-form間の構造変化に伴うポテンシャルバリアの増大に起因していると結論された。東北大学の松井先生との共同研究により、2価金属イオンの導入により、リン酸基に配位していたNa+カチオンが抜けるためと考えられるリン酸基に関連する振動モードに顕著な変化が出ていることも、赤外吸収スペクトルから示唆されている。今後、詳しく調べていく予定である。(東北大との共同研究)
2)(BEDT-TTF)2ICl2有機電荷移動錯体(BEDT-TTF)2ICl2は常圧、22Kで反強磁性転移を起こすMott絶縁体であるが、8.2GPa以上の圧力下で有機導体として最高の転移温度14.2Kで超伝導転移を示すことから注目されている。常圧での電子状態がどの様に金属的状態に変化するかを圧力下ESRを用いて調べている。高圧(3GPaー10GPa)での測定のために、キュービックアンビルセルを利用したESR装置の開発を進めている。2mmの圧力セル内に直径1mm程度のコイルを巻き、粉末試料を約1.3 mg入れて、磁場を三角波掃引して、約10秒間の積算により、きれいな信号が得られた。当初は、ハム雑音に信号が覆われていたが、最終的に、ほぼハム雑音の影響のない信号を取ることが出来た。今後、実際に加圧下で温度を変えながら測定を進めていく予定である。(埼玉大、産総研との共同研究) 3)β'- & β''- ET-TCNQ有機の電荷移動錯体の1種である、(BEDT-TTF)TCNQは、数種の異なる構造を持つ。β'-相は、BEDT-TTF(ETと略称)の構成する2次元シートとTCNQ鎖のシートからなるが、互いの分子面がほぼ直交している。一方、β''-相は、構成要素は全く同じだが、互いの分子面はほぼ平行であり、両者の構造の違いが電子状態や物性に与える影響が興味深い。どちらの構造でも、ET分子からTCNQ分子にほぼ1/2 個の電子が移っており、β'はユニットセルにそれぞれ2分子含む1/2-充填バンドを、β''は1/4-充填バンドを持つ。これまでに、β'-相は、常圧、330 K以下ではモット絶縁相と考えられ、分子面の直交性のため相互作用は極端に弱く、それぞれ20 K、3.5 Kで独立に反強磁性秩序を起こすことをg値とスピン磁化率から明らかにしてきた。一方、β''-相は、低温で金属的なET相とDimer-Mott状態のTCNQ鎖が20K以下でスピンパイエルス転移を起こす事、また、スピンパイエルス相内に生成したスピンソリトンとETの伝導電子間の交換相互作用による近藤効果が起こっていることが示唆された。これらの系の常圧の電子状態が分かってきたので、クランプセルによる圧力下の電子状態の変化を調べた。圧力に対する応答は、それぞれの電子状態の特徴を良く反映していることが明らかになりつつある。(埼玉大、分子研との共同研究) 4)アルカリ金属ーTCNQ錯体アルカリ金属からTCNQに1つの電子が移動した錯体は、約400Kでスピンパイエルス転移をする事が知られている。スピンパイエルス転移温度近辺における電子、格子のダイナミクスを調べるのに適した系と考えられる。アルカリ金属はスピンを持たず、TCNQ鎖も転移温度以下ではスピンが消失する。しかし、転移温度に近づくにつれスピン磁化率が熱励起されてくる。具体的には、TCNQ分子がシングレット2量体からトリプレットに熱励起される。十分低温では、励起されたトリプレットはほとんど動かず、乖離もしないため、所謂、Pake doubletのESR信号を与える。上図に示すように、温度上昇に伴い、線幅の増大ー減少を示し、Pake doubletの間隔は急激に減少する。これらの解析から、熱励起されたトリプレットのダイナミクスの詳細が明らかになった。(産総研との共同研究) 5)ラジカル導電性高分子TEMPO(Hydroxy-tetramethylpiperidine-radical)は >N-O・ 型のフリーラジカルとしてESRの標準試料にも使われる安定な不対電子スピンを持つ分子である.TEMPOを構成要素とした分子結晶が0.1K近辺で強磁性を示すことも知られている。このフリーラジカルを種々のπ-共役高分子に組み込んだ系は、秒のオーダーで充放電が可能なラジカル2次電池の材料として有効である。京大・高分子専攻の増田研究室で合成された種々のTEMPO-高分子についてその2次電池としての性能をNECの佐藤氏が検証してきた。DNAにTEMPOラジカルをつけたTEMPO-DNAも2次電池としての性能を示すことが分かった。また、通常の2次電池とは異なり、2段階放電することも明らかにされた。この機構を検討するためにMOPAC6を使用し,MP3/UHFで構造最適化して、TEMPO分子の分子軌道計算を行った。その結果、充電状態ではTEMPOカチオンが作られ、ラジカルに戻る過程が第一段階で、第二段階では、TEMPOアニオンが生成される事を示唆する結果が得られた。(京大、日本化成との共同研究) 6)Au-TTFCl錯体TTF-Clを含むTTFハライド塩は、ハライドが混合原子価状態の時は金属的であることが 知られており、ナノデバイスの要素として期待されている。最近Auを含む一次元的有機金属ハイブリッドナノワイヤー、(TTF-Cly)Auxが合成された。SQUID、Q及びWバンドESRの結果、Auは微粒子として混じっているのではなく、TTFカラム間の電荷移動に本質的に関わっている可能性が示唆された。(京都工繊大との共同研究) 研究業績論文
学会講演日本物理学会 2007年春季大会 2007年3月18日ー3月21日(鹿児島大学)
日本物理学会 第62回年次大会 2007年9月21日ー9月24日(北海道大学)
国際会議International Symposium on Crystalline Organic Metals (ISCOM 2007), Peniscola, Spain, Sept. 24-29
学会誌等
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