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平成15年度年次報告抜粋

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ミクロ物性研究室

研究活動の概要

主に電子スピン共鳴法による研究

電子スピン共鳴(ESR)法を中心手段にして幾つかの興味ある物質について研究を進めている。通常は市販のX−バンド(10 GHz)やQ−バンド(36 GHz)スペクトロメーターが使われることが多い。これらの装置は感度が高く、有用であるが、本研究室では測定周波数を10〜24,000 MHz にわたって変えられる手製のスペクトロメーターを用い、パラメーターとして温度、周波数、圧力を変え、電子状態のユニークな情報を得ることを目的としている。

この種の研究が可能なグループは、単一の研究室としては世界的に見ても殆ど例がない。本研究手段の特徴を幾つかあげてみよう。低次元電子系では、スピン担体の微視的なダイナミクスの異方性を定量的に見積れ、多結晶試料にも適用できる非常にユニークな特徴がある。また、同一試料内の核スピンと電子スピンを同一周波数で観測すれば、試料内の反磁性に影響されない電子スピン磁化率を測定できる。静水或いは一軸加圧下でのESR実験も可能で、任意の軸のみ或いは一様に格子定数を変えて、電子間、電子格子間の相互作用を変調し、物性発現に寄与する相互作用を調べられる。物構研の松本先生のご協力により、CrNiAl材を内筒に用いた超高圧用セルや、クランプ型ではないその場加圧用のプローブも作成準備中である.以下に今年度行われた研究の概要を整理する。

ア)生物の遺伝情報をつかさどるデオキシリボ核酸(DNA)は、燐酸、糖に加えて4種のアミノ基、グアニン(G)、シトシン(C)、アデニン(A)、チミン(T)の組合せによって構成される有機高分子であり、2本がG-CとA-Tの組み合わせで梯子構造を作る2重螺旋構造を持つ。これらのアミノ基の配列は任意に設計して合成することもできるフレキシビリティを持つ。最近の、ナノマニピュレーション技術の発展に伴い、単一の、或いはバンドルのDNAの電気輸送特性の報告が色々となされてきた。それらによると、絶縁体、金属、超伝導の近接効果を示す、等の種々の結果が報告されており、統一の理解には遠いのが現状である。一方、積極的に、ZnCl2を用いてZn+をドープすることにより、ナノサイズの分子の電線として機能することが報告されてきた.昨年度に引き続き、ESRを用いてサケのDNAの電子状態を調べる研究を進めている。特に、2価の金属イオンをDNAにドープし、ESRによりその電子状態を調べた。イオン種として、Zn, Ca, Mg, Mnを用いた。Mnを除くイオンをドープした系のESR信号強度は非常に弱く、DNAのG-CやA-T等のアミノ基対あたり千分の1から数万分の1であった。Mnの場合はアミノ基対あたり1スピン程度存在することや、電顕を用いたEDSスペクトルから、どのイオン種もほぼアミノ基対あたり1イオン以上入っていることが分かった.これらのことから、2価のイオンを溶液反応でドープした場合には、イオンから放出される2つの電子が、2つのNaカウンターイオンの替わりに2つの燐酸基に電子を供給しており、アミノ基鎖のπ-バンドに電荷担体を導入できず、伝導性ナノワイヤに向かないことが明らかになった。

DNAcross
図1 神秘的な雰囲気を漂わせる鮭のDNAの十字架型結晶。

イ)C60を構成要素とする強磁性体、TDAE-C60の単結晶の一軸変位下のESRにより、我々が提案してきたモデルの検証実験を進めている。従来、この系は純粋な有機系の強磁性体としては最も高い転移温度16 Kを示すことから活発な研究が行われてきた。我々は、転移温度の静水圧依存性とコンシステントで、かつ、定量的にも合理的な転移温度を与えるモデルを電総研の川本徹氏、徳本圓氏との共同研究により進めてきた。それは、協力的ヤン・テラー相互作用で歪んだC60ボールの反強磁性的な軌道秩序が、この有機強磁性の起源とする機構を考える。最近、NMRのスペクトル解析から、C60ボールのヤン・テラー歪みも示され、ますます可能性が高まってきた。このモデルの検証に加えて、TDAE分子の強磁性に対する関与を調べるために1軸変位の実験を行い、b 軸方向に変位させると強磁性転移温度が更に上昇することを見出した。一方、C60が1次元的に並ぶc-軸方向に一軸変位を加えた所、1kbarと言う低い加圧によりTCが急激に降下する事を見出した。これらの結果は我々の提案しているモデルで良く理解できることが示された。(産総研との共同研究)

ウ)一次元的なDMe-DCNQIスタックとLiやAgイオンのスタックから成る1/4-filledの一次元電子系結晶、(DMe-DCNQI)2M (M=Li or Ag) は転移温度65, 80 Kのスピンパイエルス(SP)基底状態を持つ。これらの系は、1/4-filledであるにも係わらず、狭い1次元バンドのためにLower Hubbard bandからなる一次元half-filledバンドになっている。そのために、2量体化して室温では4kF電荷密度波(CDW)状態が実現している。すなわち、パイエルスギャップを持ち、2量体あたり1つの電子が存在するMott-insulatorになっている。しかし、65 Kのスピンパイエルス転移温度以上の電気伝導度は、10〜150 S/cm程度とかなり高いことが知られている。分子研のW-band ESRによるこの絶縁相の解析の結果、スピンのスタック間ホッピングが電気伝導度と同じ250 K程度の熱励起温度を持つことから、分数電荷を持つホールソリトンとスピンソリトンの伝導がこの絶縁相の電気伝導を担うことを示した。更に、この解釈が、4kF超格子線の温度依存性や、ESR線幅ともコンシステントであることを示した。(理研、分子研との共同研究)

エ)交互積層型電荷移動錯体はドナー分子、アクセプター分子が交互に並んだ柱から成っており、中性相、イオン性相の二種の相が存在するという特徴を持つ。(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)及び(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)は、二次元的相互作用の強いBEDT-TTF分子及びBEDO-TTF分子のために低温でのスピン-パイエルス転移が押さえられると予想される。実際に、常圧でイオン性相にいる(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)は、キュリーワイス温度依存性を示し、分子当たり1スピンが存在する。しかし、120 Kで構造相転移を起こし、スピンーパイエルス相に入る。更に、17 K以下で反強磁性的な新たな信号が観測された。スピンーパイエルス相内のスピンソリトンが反強磁性を誘起する可能性が予想されたが、W-bandで詳しく調べ始めたところ、反強磁性共鳴では無く、別の原因を考える必要があることが明らかになってきた。一方、(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)では圧力と共に中性ーイオン性転移温度が上昇するが、転移温度以下ではやはりドナー分子とアクセプター分子が対になりシングレットを形成する事や、イオン相の温度発展の様子が詳しく解析できることが分かってきた。(産総研、分子研との共同研究)

研究業績

論文


学会講演

日本物理学会 第58回年次大会 2003年3月27日〜3月30日 (東北大学)

  • 塩原尚史、平岡牧、佐藤秀一、竹井正人、坂本浩一、溝口憲治:DNAのESR.

  • 佐藤秀一、坂本浩一、溝口憲治、盛岡弘幸、木村恒久、増淵伸一、加藤立久、古川貢:ESRによるPolypyrrolの異方性.

  • 竹井正人、溝口憲治、坂本浩一、徳本圓、川本徹、A.Omerzu、D. Mihailovic:TDAE-C60の強磁性に対する一軸圧効果.

  • 平岡牧、坂本浩一、溝口憲治、加藤立久、古川貢、加藤礼三、開康一、高橋利宏:DMe-DCNQI系の電子状態.

  • 坂本浩一、溝口憲治、長谷川達生:(BEDO-TTF)(Cl$_{2}$TCNQ)の圧力下ESR II.

日本物理学会 2003年秋の分科会2003年9月20日〜9月23日(岡山大学)

  • 平岡牧、坂本浩一、溝口憲治、加藤立久、古川貢、開康一、高橋利宏、加藤礼三:(DMe-DCNQI)$_{2}$M (M=Li, Ag)のEPR.

  • 竹井正人、溝口憲治、坂本浩一、徳本圓、川本徹、A.Omerzu、D.Mihailovic:TDAE-C$_{60}$の強磁性に対する一軸性ひずみ効果 III.

  • 坂本浩一、小川将、塩原尚史、溝口憲治:DNAのESR II.


国際会議

International Conference on Magnetism (ICM2003), Rome, Italy, July 27 - August 8, 2003

  • K. Mizoguchi, M. Takei, M. Machino, H. Sakamoto, M. Tokumoto, T. Kawamoto, A. Omerzu, and D. Mihailovic: Magnetism of $\alpha$- and $\beta$-TDAE-C$_{60}$. (Oral talk)

  • K. Mizoguchi, M. Hiraoka, H. Sakamoto, T. Kato, and R. Kato: Fractionally charged soliton transport in the insulating state of (DMe-DCNQI)$_2$Li.

  • H. Sakamoto, K. Mizoguchi, and T. Hasegawa: Magnetic studies in mixed stack charge-transfer compound (BEDT-TTF)(ClMeTCNQ).

  • M. Hiraoka, H. Sakamoto, K. Mizoguchi, T. Kato, K. Furukawa, R. Kato, K. Hiraki, T. Takahashi: Spin soliton dynamics and pressure effects in the spin-Peierls system (DMe-DCNQI)$_{2}$M (M=Li, Ag).

International Workshop on Quantum Transport in Synthetic Metals & Quantum Functional Semiconductors, 2003 (QTSM & QFS 2003), Seoul, Korea, November 20 - 22, 2003

  • K. Mizoguchi, and R. Kato: Electronic Properties of DNA with/without Doping Studied by ESR. (Invited talk)

  • M. Hiraoka, K. Mizoguchi, H. Sakamoto, T. Kato and R. Kato: Fractional charge transport in the insulating state of (DMe-DCNQI)2M, (M=Li or Ag).

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