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平成14年度年次報告抜粋

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ミクロ物性研究室

研究活動の概要

主に電子スピン共鳴法による研究

電子スピン共鳴(ESR)法を中心に幾つかの物質について研究を進めている。通常はX−バンド(10 GHz)が使われることが多いが、本研究室では測定周波数を10〜24,000 MHz にわたって変えられる手製のスペクトロメーターを用い、パラメーターとして温度、周波数、圧力を変え、電子状態のユニークな情報を得ることを目的としている。今年度から、分子研の加藤立久先生との協力研究により、Q-バンド(34 GHz)及び、W-バンド(約94 GHz)ESRも利用して、更に強力な体制を整えた.

 この種の研究が可能なグループは、単一の研究室としては世界的に見ても殆ど例がない。本研究手段の特徴を幾つかあげてみよう。低次元電子系では、スピン担体の微視的なダイナミクスの異方性を定量的に見積れ、多結晶試料にも適用できる。静水或いは一軸加圧下でのESR実験も可能で、任意の軸のみ或いは一様に格子定数を変えて、電子間、電子格子間の相互作用を変調し、物性発現に寄与する相互作用を調べられる。物構研の松本先生のご協力により、CrNiAl材を内筒に用いた超高圧用セルや、クランプ型ではないその場加圧用のプローブも作成準備中である.以下に今年度行われた研究の概要を整理する。

ア)生物の遺伝情報をつかさどるデオキシリボ核酸(DNA)は、燐酸、糖に4種のアミノ基を組み合わせた梯子構造からなる有機高分子である。ナノマニピュレーション技術の発展に伴い、DNA一本、或いはバンドルの電気輸送特性が、絶縁体、金属、超伝導の近接効果と種々報告された。一方、ZnCl2を用いてZn+をドープし、ナノサイズの分子電線の報告もされた.そこで、サケのDNAの電子状態を調べている。その結果、DNAはESR信号を与えるスピンを持たず、電気伝導度から結論された金属、或いはギャップの小さな半導体とは相容れないことがわかった。スピンを持たない荷電ソリトンによる電気伝導も考えられるが、超伝導の近接効果はDNA単体では理解しがたい現象だと結論される。現在、種々の方法でドーピングを行ったDNAについて研究を進めている。

イ)導電性高分子のポリピロール(PPy)、ポリヘキシルチオフェン(PHT)について、Q-バンド及び、W-バンドにより高精度でg-値を測定した。PPyは中央大学、東京医科大学と、PHTはノルウエー工科大学との共同研究である。導電性高分子の一つの壁は、単結晶作成が困難な点にある。単結晶により導電性高分子の基礎的な性質が更に明確になると共に、応用面でもそのメリットは大きい。W-band ESRを用いた解析を、有機溶媒中で電気化学的に合成したPPyと、水面上に展開して作成したPHT膜について行った。その結果、高分子のユニットである5つの原子のリング(5員環)面が、フィルム面に対して垂直に並んでいることが分かった。更に、これらのフィルムを機械的に延伸配向させると、ほぼ単結晶的な配向が得られることを示した(図1参照)。

ウ)強磁性体TDAE-C$_{60}$の単結晶の一軸変位下のESRにより、我々が提案してきたモデルの検証実験を進めている。転移温度の静水圧依存性と定性的、定量的に一致するモデルを電総研の川本徹氏、徳本圓氏との共同研究により進めてきた。それは、協力的ヤン・テラー効果で歪んだC60ボールの反強磁性的な軌道秩序を起源とする。このモデルの検証に加えて、TDAE分子の強磁性に対する関与を調べるために1軸変位の実験を行い、b 軸方向に変位させると強磁性転移温度が更に上昇することを見出した。現在、他の方向の変位の研究を進めている。また、TDAE分子上のスピンが生き返ることを見出した高分子の$\beta$-TDAE-C$_{60}$についてもその電子状態を明らかにするために研究を進めている。(産総研との共同研究)

エ)DMe-DCNQIスタックとLiスタックから成る1/4-filledの一次元π電子系(DMe-DCNQI)2Li は転移温度65 Kのスピンパイエルス(SP)基底状態を持つ。強い電子相関のため2つのハバードバンドに分裂し、実質的なhalf-filledバンドは2量体化し4kF電荷密度波(CDW)が実現している。クーロン反発Uのため電荷ホッピングは起こり得ないが、65 K以上で10〜150 S/cmと電気伝導度が高いためCDWの集団的運動が提案されてきた。しかし、W-band ESRからスピンのスタック間ホッピングが電気伝導度と同じ250 K程度の熱励起温度を持つことから、CDWの集団運動ではない新たな電荷の輸送機構が必要になる。可能な機構として、分数電荷を持つホール及びスピンソリトンの熱生成を提案した。(理研、分子研との共同研究)

オ)(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)、(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)は、ドナー、アクセプター分子が交互に並んだ柱から成り、中性相、イオン性相の二種の相が存在し得る。これらの系では、BEDT-TTF、BEDO-TTF分子の強い二次元的相互作用が低温のSP転移を押さえる可能性があるが、(BEDT-TTF)(ClMeTCNQ)では電子スピン磁化率から中性-イオン性(N-I)転移とSP転移が同時に起こった。また、室温で常圧からN-I転移の起こる10kbarまで上げると、磁化率が急激に増加した。これは、転移に近づく過程で中性相中のイオン性相ドメインの発達を磁気的にとらえたものと思われる。一方、室温、常圧でイオン性相の(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)では、圧力により一次元性が強められ低温ではやはり予想に反してSP転移が起きているように見えることがわかった。(産総研との共同研究)

研究業績

論文


学会講演

日本物理学会 第57回年次大会 2002年3月24日〜3月27日 (立命館大学)

  • 山辺典昭、坂本浩一、溝口憲治、Dj. Damjanovic、V.I. Srdanov:アルカリ・エレクトロソーダライトの磁性.
  • 佐藤秀一、坂本浩一、溝口憲治、盛岡弘幸、木村恒久、D. W. Breiby、E. J. Samuelsen:高配向 Regioregular Poly-Hexyl-thiophene 及び Polypyrrolの異方性.
  • 平岡牧、坂本浩一、溝口憲治、加藤礼三:(DMe-DCNQI)2Liの磁気共鳴:電子スピン緩和時間の異方性.
  • 坂本浩一、溝口憲治、長谷川達生:(BEDT-TTF)(TCNQ)系交互積層型電荷移動錯体の圧力下ESR.

日本物理学会 2002年秋の分科会2002年9月6日〜9月9日(中部大学)

  • 竹井正人、溝口憲治、坂本浩一、徳本圓、川本徹、A.Omerzu、D. Mihailovic:TDAE-C60の強磁性に対する一軸圧効果.
  • 佐藤秀一、坂本浩一、溝口憲治、盛岡弘幸、木村恒久、増渕伸一、D. W. Breiby, E. J. Samuelsen:Regioregular Poly-Hexyl-Thiophene 及び Polypyrroleの異方性.
  • 坂本浩一、溝口憲治、長谷川達生:(BEDO-TTF)(Cl2TCNQ)の圧力下ESR.
  • 平岡牧、坂本浩一、溝口憲治、加藤立久、加藤礼三:(DMe-DCNQI)2LiのESR.

国際会議

International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2002), Shanghai, China, June 29 - July 5, 2002

  • H. Sakamoto, K. Mizoguchi, and T. Hasegawa: ESR studies of mixed-stack charge-transfer compounds of (BEDT-TTF) analogs under pressure.
  • S. Sato, H. Sakamoto, K. Mizoguchi, H. Morioka, and T. Kimura: Orientational distribution of PPy rings analysed with g-shift anisotropy of ESR.
  • M. Hiraoka, H. Sakamoto, K. Mizoguchi, and R. Kato: Evidence for spin solitons in spin-Peierls system (DMe-DCNQI)2Li.
  • K. Mizoguchi, T. Yamabe, H. Sakamoto, L. Damjanovic, and V. I. Srdanov: Electronic states of alkali-electro-sodalite under pressure.

International Conference on Low Temperature Physics (LT23), Hiroshima, Japan, August 20 - 27, 2002

  • M. Hiraoka, H. Sakamoto, K. Mizoguchi, and R. Kato: Quasi-one dimensional diffusive motion of spin solitons in the spin-Peierls state of (DMe-DCNQI)2Li.
  • K. Mizoguchi, T. Yamabe, H. Sakamoto, L. Damjanovic, and V. I. Srdanov: pressure tuning of the exchange interactions between s-electrons in a b.c.c. lattice of sodalite cages.

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