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錯覚のお話

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視覚の錯覚:錯視(Visual illusions )

錯覚とは、岩波国語辞典によると、「外界の事物を、その客観的性質に相応しない形で知覚すること」とあります。人間の知覚は、経験的に3次元のこの世界で物を見るとどのように見えるか?と言うことをa prioriにプログラムされているようです.

ここでは視覚的な錯覚の面白い例を参考に、人間の脳がどのように物を見て、どのように認識しているかを考察してみましょう.

図1は、Edward Adelson氏による"Checker Shadow Illusion"で、格子縞の板の上に円筒が立っている、どうと言うことの無い絵です.右から光が当たっているので、その陰が格子縞の上に伸びています.さて、考えて頂きたいのは、記号Aと記号Bのタイルの部分の明るさ、或は暗さを比較してください.さあ、どちらが暗いでしょうか?

checker&piller

©1995, Edward H. Adelson

絵1:格子縞模様と、陰をつくる円柱(Edward Adelson)

 驚くなかれ!これ、実は同じ明るさのグレーなのです!多分、どなたも最初は信じられないと思います.人間の目って、いい加減だな!と思うかもしれません.しかし、人間が生きていく上でもう少し役に立つ目的で、脳の中でそのようなフィルターをかけて現実世界を見ている、というのが本当のようです.

 すなわち、人間の脳がこの格子縞模様を見た時に、「これは全て同じパターンに違いない、しかしながら、円柱の右から光が当たっているので、その陰の部分は、日向と同じ明るさで見れば同じなのに暗く見えているに違いない」と判断し、それを補正して実際の明度よりも明るく見てしまう、というのがこの錯視の起こる原因のようです.

 この辺りを、原作者のEdward Adelson氏は、このように分析しています.意訳をしてみると、仕掛けとして

  1.  日向か、陰の中かにはよらずに、局所的なコントラストが大事.周囲が暗いと相対的に明るく取ってしまう.その逆も真.
  2.  陰の部分がぼやけているのが大事.人間の視覚システムは、色の判断を誤らない様に、明るさの連続的な変化を無視する傾向が有る.この絵では、陰の元の物体も見えている点が、陰の中だぞ、という点を明確に示している.
  3.  十字で交わる格子縞は、陰ではなく色(明度)の切り代わりである、という点を明示している.

等を上げています.さて、人の言うことを頭から信じ込まずに、これらの解釈をちょっと検証してみましょう.まず、最初に上げている、局所的なコントラストの効果を見てみましょう.図2は、格子縞のグレーの明るさを2種類用意して繋げてみました.同じ明るさのAとBは、局所的コントラストの影響で明るさが違って見えるでしょうか:周囲が暗い部分に挟まれている「B」のタイルは明るく見えますか?

Noshade

図2:陰の無い、2種類の明暗の対からなる格子縞模様.左上は明るい対、右下は暗い対.

 驚いたことに、少なくとも、私には、AとBの明るさに明確な違いは感じられません.皆さんはどう感じますか?Adelsonさんの解釈の最初の仕掛けは、図1と図2の「A」と「B」の明るさの違いを全く説明してくれませんでした.やはり、自分で確かめることって大事ですね.ところが、Edward Adelson氏のページを訪れると、周囲のコントラストの影響の見事なデモがたくさん用意されています.どうも、ポイントは、周囲をほぼ完全に囲まれていること、或は、対象物の接続性が良く、脳がそれを一体の物と思い込むような設定があること、が大切なようです.図2の場合には、3方を囲まれてはいますが、明確に格子縞と認識されるため、思い込みが起こりように無いケースに対応していると判断できます.

 次に、2番目の仕掛けを確かめてみましょう.陰の部分が、陰らしくぼやけているのが大事、という点です.下の図3は、まずは図2に陰みたいな物を付けてみました.ぼやけの効果は高次項だと思われるので、ぼけの無い、シャープな陰様の三角形です.陰ですから、右下の格子縞の明るい部分と同じ明るさのはずなので、そうしてみます:AやBと同じ明るさの三角形を付けてみました.

shade1

図3:シャープな陰の様な物を付けた、2種類のグレーの対を持つ格子縞模様.

 どうですか?図2と変わりませんか?それとも、Bの方がAよりも明るく見えますか?私には、図1ほど見事には差がついて見えませんが、明らかに図2とは違って見えます.もし、差が明確に感じられない場合には、格子縞のグレーの薄い部分、或は濃い部分の格子のパターンを意識して見つめると、BのタイルがAよりも明らかに薄く感じられると思います.これは、全体が一つの格子縞なのだけれど、陰で右下半分がちょっと暗くなっているんだよ、と脳に情報を送ることに相当していると思います.陰の中の方が全体的に暗いけれども、日向の格子縞が、日陰に入ったために明るいタイルと暗いタイルの両方が、日向より暗くなった様にも見ることが出来ます.図2との比較では、右下の色の濃いタイルと薄いタイルの両方が、図2の色よりも薄く見えます、私には明らかに.図2の一番濃いタイルは、純黒、といった感じの「黒さ」を感じますが、図3ではその黒さがくすんで見えます.面白いですね.脳は、これは陰の中なのだ、と判断しているようです.その点をもうちょっと見るために、三角形の陰を一カ所だけ除いてみましょう.

hole

図4:一カ所だけ陰のような三角形を除いた場合.

 一番濃いタイルの黒さが戻ってきた様に思いませんか?陰としては不自然に三角形が抜けたために、脳が、3枚の三角形を陰だとは判断しなくなったのでしょう.それでは、図2から図4まで並べて比べてみましょう.

Noshade shade1 hole
No. 1No. 2No. 3

図5:3枚の格子縞模様の比較.

 さて、どうですか?私の印象は、No. 1は、並べてもやはり一番濃いタイルは黒さが鮮やかに見え、AとBは同じグレーに見えます.No. 2とNo. 3は多少微妙ですね.No. 2は、じっと見つめていると、BがAよりも薄く感じてきます.それから、やはり、一番濃いタイルはくすんで見えます.No. 3はこの2つの中間かもしれません.脳が判断に迷っているような...

 最後に、陰にグラデーションを付けてみました.

grad

図6:グラデーションを付けた陰のかかった格子縞模様.

 さすがに、グラデーションは効果があるようです.図3とは明確に違って見えます.右下端の最も濃いタイルの色がかなりくすんで薄くなっています.図1の印象に近いですね.

 以上の思考による私の結論は、格子縞の局所的なコントラストは図1の錯視の原因では全くない事、しかし、一見して、斜めに直線的な明暗で区切られていると認識可能な場合は、脳はそれを陰の中と判断し、明度を明るく修正するようです.その時に、実際に陰であると脳をごまかすには、グラデーション、陰のぼけは非常に重要であることが分かりました.

 しかし、図7に格子縞の濃さの異なる2つの対の並べ方を変えた絵を作ってみました.これは、一見、縦に2枚分の長方形のタイルの真ん中に陰が来ている様に見ることが出来ます.

shade2

 図7:陰のある格子縞タイル.

 この絵でも、AとBは同じ濃さのグレーです.図2−5とも同じです.そうは見えませんよね?一番濃いタイルは、図6と同じ位くすんでいて明るく見えます.日向と日陰の見え方も、図6に近いことが分かります.BもAよりずっと薄く見えますし、少なくとも、私の脳は、下半分は陰の中なので、上半分と同じグレーの組み合わせのはずだ!と解釈しているようです.

 さて、それでは、図3(図5、No. 2)の場合には、陰のぼけが重要な役割をしたのに、何故図7では陰のぼけは必要ないのでしょうか?私の考えでは、図7では、特別に意識しなくても、中心線を挟んで上下の部分が同じグレーであると思いやすいからではないでしょうか.それに対して、図3(図5No. 2)では、意識して、同じ格子縞模様なのだと考える必要が有るような気がします.また、そう考えて見ていると、Bの色が日向の薄いタイルのグレーに近づく様に感じます.グラデーションを付けると、やはり、意識せずに自然と同じ格子縞模様だと感じられる、その点が本質的に大切な点でしょう.

 ですので、この錯視の原因は、やはり同じ格子縞が陰に入ったのだ、と脳が考えられる様に書かれているかどうかにかかっていると思います.このことは、絵画を描く時にもとても重要な因子になっていると考えられます.

 この絵の上半分と下半分を少しずつずらしてみると面白いです.急に見え方が変わります.脳がスイッチを切り替えているみたいです...

(H16.1.22、H27.12.7改訂)

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