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(左)スリランカ東海岸のカルムナイ村に日本の国際緊急援助隊が入った。海岸から500メートル以内の家屋はほとんど倒壊していた=29日午後(朝日新聞社のasahi.com平成16年12月30日より引用)

(右)29日、スリランカのコロンボの南約100キロの村で、転覆した列車の近くで行方不明者を捜す人々=AP(朝日新聞社のasahi.com平成16年12月30日より引用)

疑問:津波?電車が流され、家が壊れる。何故?

 この疑問は、簡単な力学で理解できるので、考えてみましょう。
 海底で断層がずれることにより地震が発生した時には、海水が落とし穴に落ちたように急に海面が落ち込むことになります(津波が来る前には、異常な引き潮が来る例が報告されています。その引き潮に連れて行かれることもあるそうです。注1参照)。ズレによって海面が突き上げられる場合もあるはずですが、この場合には、海面が急に持ち上がることになります。お風呂の中の手を急激に沈めたり、持ち上げると、手の辺りを中心に円形状に波が広がっていくでしょう。これが津波になります。注2

 浅水波と呼ばれる津波の速度は、水の深さの平方根に比例していることが知られています。大洋の真ん中当たりでは数千メートルに及ぶ深さがあるため、ジェット機並みの速度を持ち、岸に押し寄せます。岸に近づくにつれて速度は遅くなりますが、多分、岸に着いた時には10 m/s 前後の速度で押し寄せると考えられます。

 水の中では、人は自由な運動が出来ません。水との抵抗に逆らって運動するには大きな力が必要になります。さて、流体との抵抗には2種類あります。一つは、粘性抵抗、もう一つは、慣性抵抗です。粘性抵抗は、速度に比例します。一方、慣性抵抗は、流体の速度の2乗に比例した摩擦力が働きます。その理由は、流体をボールに喩えてみると分かりやすいかもしれません。キャッチボールをしたことがあれば、軽く投げれば(速度が小さい)受け止めるのに大した力はいりません。でも、力一杯投げれば(大きな速度)受け止める時に、手は痛いし、場合によってはよろけることにもなります。ですから、流体から受ける力も、流れが速いほど強く押されるわけです。これだと、速度に比例することになりますが、早い流体は、一つ一つのボールから受ける力が大きいだけではなく、1秒間に飛んでくるボールの数も速度に比例するため、結果として、速度の2乗に比例した力を受けます。

 このような速度に対する依存性が異なるため、速度が小さい時には粘性抵抗が主に効き、速度が大きくなると慣性抵抗が主役になります。津波のような速度では、空気などと比べて、水の密度がとても大きいために、粘性抵抗はほとんど無視できます(一万分の一から十万分の一以下)。慣性抵抗の説明の所で示されているように、1程度の係数の精度を気にしなければ、慣性抵抗は、流れに対する面積 S [m2]、水の密度 ρ=103 [Kg/m3]、水の流れの速さ v [m/s] を用いて、力 F=Sρv2 で与えられます。

 さて、津波の場合を考えてみましょう。速度は大凡の数字ですが、10 [m/s] を使ってみましょう。人間の断面積は、勿論、人それぞれですが、大凡、0.5 [m2] 程度と考えて良いでしょう。そうすると、F =Sρv2 = 0.5x103x102 = 5x104 [Kg・m/s2=N (ニュートン)] となります。ニュートン単位ですと、実感がわかないかもしれませんので、重力加速度の g=9.8 [m/s2] で割ってやると、大凡、5x103 [Kgw] (キログラム重と読み、地表における重さで表したことになる) となります。

 そうです、5千キログラム、5トンです。とてもじゃあないけれど、抗せるわけがありません。木にしがみついたらどうでしょう。どの程度まで耐えられるのか、測ったことがないので分かりませんが、5トンは一寸・・・ でも、木にしがみついて、体の横から流れが来る場合を考えると、断面積が減って、0.15 [m2] 程度にはなりそうです。そうすると、約1.5 トン、それでも一寸。木の裏側に隠れる形にすれば、実質的な断面積が減らせそうです。十分の一に出来れば、100 [Kgw] ですから、これなら十分耐えられます。

 津波が来て、高台まで逃げる時間が無く、且つ近くに手頃な太さ、高さの木があれば、よじ登ってしがみつくのが一番生き残れる可能性が有りそうですね。注1最も、津波が高いと(2004/12のスマトラ沖大地震(朝日新聞(紙)によると、正式名称が「Asian Tsunami」と命名されたそうです。しかし、「インド洋大津波」が良く使われているようです。)では、10 m 以上になったようです)、水が引くまで耐えられるのかどうか自信がありません。おまけに、椰子の木などは倒れたものもあるようです。朝日新聞(AP配信)の写真に見られるように、煉瓦の壁は軒並み倒壊しています。壁の断面積が、5x5 [m2] あると、慣性抵抗は、単純な計算では、250 トンにも及びます。倒れてもむべなるかな、という大きな力が働くことになります。列車も重量は 100 トンを超すことはありませんので、20 m x 2 m の車両に働く400 トンの力には簡単に流されてしまいそうです(写真左)。

 なお、ここで挙げた数字は、津波の速度が10 [m/s] の場合で、且つ、速度の2乗に比例するため、実際の値は、用いる速度に強く依存することに注意して下さい。最後になりましたが、冷徹な計算をしましたが、被害に遭われ、亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。また、そのご家族の悲しみは幾ばくかと想像致します。そして、救助に当たられている方々のご苦労に感謝しつつ、この節を閉じさせていただきます。

注1その後の、被災者により撮影されたビデオによると、まず最初に異常な引き潮が来ていました。1m以上、水面が下がり、その際に引き潮に連れて行かれた人もいました。アフリカの小さな島では、「異常な引き潮が来たら、山に逃げろ」の言い伝えにより、住民1人が遭難しただけで全員助かったそうです。タイ?のピピ島の観光客が、海岸から5kmの町で撮影したビデオによると、さすがに水の流速は数m/s程度に見えましたが、自動車や家の瓦礫など、水面は流された物でうまっており、木にしがみついても余り安全とは言えない状況でした。遺体の多くは、流れてきた物に打たれてアザだらけになりながらも、手を前の方に伸ばし水から逃れようという努力の末に、のまれて亡くなられたそうです。

注2日本で観測された事例だそうですが、津波の波面は壁のようになって押し寄せてくるので、その高速で走る波面によって生じた風により、海岸の建物が壊れた例もあるそうです。海岸から急激に深くなっているような場所では、深いほど津波の速度が速くなるため(ジェット機の速度にも達する)、そのような被害が発生する可能性がありそうです。

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# 12/30/04

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