HOME 卵は投げちゃいけない! で、その威力は? Dpt. Phys. TMU

     

(左)首都大理学研究科棟で、「サンデー・ジャポン」の紙谷氏による、生卵の投てき実験風景。「コントロールいいね!」の評あり・・・(2005/6/5放映、サンデージャポンより)

(右)大音響と共に砕ける瞬間の卵。未だ、卵の殻が潰れ切らない内に白身と黄身が飛び出しているのが確認できる。殻が割れた瞬間に、液体のみ飛び出し、軽い殻は急速に減速されたためかも知れない。

疑問:7階の高さから、投手が生卵を地上の車のフロントガラスに投げおろしたら、
はたして割れる可能性はあるのでしょうか?

 客待ちをしているタクシーに、マンションの7階から生卵を投げつけた高校生が、器物損壊の疑いで逮捕されるという事件が起こりました。マンションの7階の窓から卵を投げた高校生は、野球の投手の経験者だそうです。さぞかし速い卵速?だったことと思われます。窓から投げるのでは、時速150 km/h とはいかないでしょうが。それに、重力による加速も加わりますし。しかし、いくら頑張って投げても、空気抵抗には逆らえません。空気抵抗には2種類あります。一つは、粘性抵抗、もう一つは、慣性抵抗です。粘性抵抗は、速度に比例し、慣性抵抗は、卵の速度の2乗に比例した摩擦力が働きます。通常、速度が小さい時には粘性抵抗が、速度が大きくなると慣性抵抗が主役になります。慣性抵抗は、空気を押し出すために必要な力が原因です。従って、速度が速い時には空気を高速で押し出さなければなりませんから、慣性抵抗が主役になります。慣性抵抗の説明にもあるように、摩擦力と重力が釣り合う速さになると、それ以上には重力によって加速されません。新幹線の鼻の長さがどんどん長くなるのは、決してあなた(♂)の場合とは原因は同じではなく(知っとるわい!?)^^;) 、慣性抵抗を避けるために流れに垂直な面を減らす努力の結果だと考えられます。

空気抵抗がある時の、卵の最高速度は?

 さて、それでは、卵の場合には空気中で出せる継続的な最高速度注1はどのくらいなのでしょうか?慣性抵抗の説明の所で示されているように、1程度の係数の精度を気にしなければ、慣性抵抗は、卵の断面積 S [m2]、空気の密度 ρ〜1.3 [Kg/m3]、卵の速さ v [m/s] を用いて、慣性摩擦力 FSρv2 で与えられます。これは、板の面を進行方向に垂直にしたまま投げる場合に相当し、もっとも慣性抵抗が大きい場合に相当します。実際には、卵はご存じの通り丸っこい形をしています。これは、慣性抵抗を減らすには効果的な形です。また、球形を非対称に伸ばしたような形なので、どの様な回転をするかによっても、慣性抵抗の効き方が変わってくると予想されますので、正確な見積もりは難しい応用問題(新幹線の鼻の長さ)になります。そこで、ここでは、大雑把に係数1/2を掛けて卵速の継続的最大速度を見積もってみましょう。

 大雑把な見積もりですから、卵の断面積を、S=2x10-3 [m2](直径5cm相当)としてみましょう。慣性抵抗が働く時の重力下の終速度は、v=(mg/Sρ)1/2で与えられます。ここで、g は地表での重力加速度で、約10 [m/s2] 程度の大きさです。そうしますと、卵の質量を約65 [g] とすると、期待される終速度は、v=(mg/Sρ)1/2=(6.5x10-2x10/(1/2)x2x10-3x1.3)1/2〜(500)1/2〜22.4 [m/s]〜80 [km/h] となります・・・。大したことありませんね・・・?この計算が正しい場合は、時速130 [km/h] で投げおろしても、高々、時速80 [km/h] にしかならないのです、ン?それは十分に時間が経過した後の速さだから、7階から投げた卵には当てはまらないんじゃ?そうですね、それでは、どの位になるのでしょう。

慣性抵抗力と重力とどっちが大きい?

 摩擦力の大きさを勘定してみましょう、そうすれば、何秒くらい経てば終速度になるのかを見積もることが出来ます。時速130 [km/h]〜秒速36 [m/s] を使うと、慣性摩擦力は、FSρv2 ですから、F〜(1/2)x2x10-3x1.3x362〜1.7 [N]=[km・m/s2]〜170 [gw] になります。最後の単位 [gw] は、重力下にある1 [g]の物体が押す力、を意味しています。「グラム重」と読みます。重力下では、力は、F=mg に相当しますので、この1.7 [N] の実力を重力と比較してみましょう。卵の質量 65 [g] で割ってやれば、どの位の加速度になるかが分かります。加速度 a=1.7/0.065〜26 [m/s2] は、重力加速度 g〜10 [m/s2] に比べると、2.6倍も大きいです!!即ち、1秒間に秒速26 [m/s] も遅くなる、と言うことです。時速130 [km/h]が秒速36 [m/s] ですから、1秒も経たないうちに、速さは半分以下になってしまいます!時速130 [km/h] で投げおろし、地上に着くまでの平均速度を、100 [km/h]〜28 [m/s] とすると、7階の高さは約20 [m] 程度でしょうから、0.7 秒かかります。これをa=26 [m/s2] に掛けると、秒速18 [m/s] だけ減速されることになり、時速130 [km/h] がほとんど半分の速さ、65 [km/h] にまで減速されることを意味しています。しかし、重力による加速がありますので、終速度、時速80 [km/h] で一定の速度になると言うわけです。

 20 [m] 位の高さから投げても終速度になってしまうほど、慣性抵抗は重要なのです。勿論、本当の卵の運動を解析すると、形状の効果や回転の効果が効いて、実効的に慣性抵抗FSρv2 にかかる係数が、ここで仮定した1/2よりも小さいかも知れません。そうすると、終速度には至らないかも知れませんが、初速の時速130 [km/h] がかなり減速されることには変わりは無いと思われます。さて、それでは、時速80 [km/h] の卵で、車の窓ガラスは割れる物でしょうか?

車の窓ガラスは卵で割れる?

 卵が窓ガラスに衝突した瞬間にはどの様な力がかかるのでしょう?卵の中身は液体です。固体は薄い殻のみです。いくら時速80 [km/h] とは言え、どう考えても、水の塊が車の窓ガラスを割るとは思えません。これで割れるようだと、雹が降ってきたら、軒並み車の窓ガラスが割れることになります。勿論、雹の方が、卵の中身の衝撃よりも激しそうです。勿論、雹の大きさにもよりますが。それでは、卵の殻はどの位の力に耐えるのでしょうか?これが、実際に車の窓ガラスに与える衝撃の大きさを決めることになりそうです。卵は、潰す方向によって強さが異なることは良く知られています。そこで、2つの方向から力を加え、潰してみました。一つは、潰れやすい細い横方向に力を加えました。約2.5 [kg] の力を加えたところで潰れました。一方、より強い、縦方向に潰してみると、4 [kg] まで耐えました。しかし、高々、4 [kg] です。この力が卵の尖った方向で、車のガラスに加わるとしても、4 [kg] では、割れては困りますよね?

 子供がオモチャで叩いても、このくらいの力はかかる・・かな?少なくとも、車の窓ガラスは強化されており、非常時の脱出用に先のとがったハンマーを車に常備することを勧めていたように思います。普通のハンマーで叩いても、特に、女性では割れない、と聞いたことがあります。それが、卵の殻では、4 [kg] しかかかりませんので、とても割れるとは思えません注2。もし割れたとしたら、そのガラスは規格内に納まっていたのか気になります。中身の液体では、決してガラスは割れないと思いますので、「ガラスが割れたこともある」という報道は、多少誇張が含まれているのかな注3?と純粋に科学的に推測して見て、最後に感じたことでした。

まとめ

 結論として、純粋に科学的に見積もると、卵では車の窓ガラスは割れないだろう、と言うことになりました。これは、決して、投げて良い、と容認することとは全く別のことです。卵の殻は必ず割れますので、殻で皮膚が切れることは容易に想像できます。上の、卵が割れる瞬間の写真を見て貰うと、中身は吹き飛び、殻が半分潰れて、垂直に立っているのが見て取れます。殻自体は軽いことが救いですが、目などに当たれば失明の危険性が高いし、非常に危険であることは、ここで、強調しておかなくてはなりません。また、単純な計算から、終速度の卵の液体が与える瞬間的な力の大きさは、70 [kgw] の重さに相当します。この計算では、力が加わっている時間は、千分の2秒という短い時間になります。短い時間ではありますが、この時間の間にこの力が加わった時に何が起きるかは、運動方程式を解けばある程度の予測は出来るはずです・・・。


注1投げた直後の速さは、未だ、摩擦力が効いていませんので、投げる時の腕の速さで決まります

注2液体で車の窓ガラスを割ることが出来ない理由は、力がガラス上の一点に集中しないからです。ガラスが耐えられる力の大きさは、力を受ける面積を大きくすれば、それに伴い増大します。液体の場合は一瞬にして広がりますので、一点に集中した力を加えることは出来ず、通常であれば、車の窓ガラスは割れるとは考えにくいでしょう。

注3報道にある「器物損壊罪」というのは、決して物理的に破壊することのみを意味するわけではありません。記念碑にペンキをかければ、立派な「器物損壊」になります。タクシーを卵で汚せば、これも当然、器物損壊罪に問われることになります

Index

# 6/19/06

戻る