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「ヘリウムってなーに?」−構造

 ヘリウムは元素記号が「He」で表されます。Heliumの頭の2文字を取ってあります。左肩の「4」は原子番号で、大雑把には、正電荷を帯びた陽子が2個と電気的には中性の中性子が2個、合計4個の核子からなっていることを示しています。

絵1:「ヘリウム原子」の構造の模式図。矢印は電子の持つスピン(磁石)を表す。

絵2:「ヘリウム原子」のもうちょっとましな模式図。電子のユ君とヨさんは原子核と強く結合している。

 かなりいい加減なポンチ絵ですが、電子と核子の数だけで言うと絵1のような感じです。だけれど、原子核の大きさをもう少し本当らしく書くと、絵2みたいな感じかな。もっと正確には、原子核はもっともっと電子の雲の大きさと比べると小さくて、この絵では、本当は見えないくらい小さい。

 そして、電子の雲は、真中のところが一番濃いのです。そのために、陽子と電子は正と負の間の電気的な引力によって非常に強く結びつけられています。重さは、「水素原子」兄弟が最も軽くて、「ヘリウム原子」兄弟(あとHeがいる)はその次です。

 「ヘリウム原子」の電子の雲はこんなに真丸で、2つしか入れない指定席になっています注1。ユ君とヨさんのカップルが入って満席になると、もう誰も邪魔できません。人間のカップルと違って、よその美人の「ヘリウム原子」がそばに来ても、見向きもしません。これがヘリウム原子が「不活性ガス」と呼ばれる理由です。そこが「水素原子」の時と違うところです。「水素原子」は陽子1つに電子が1つだけしかいないので、やはり、ユ君とヨさんの2つの「水素原子」がカップルを作って「水素分子」(絵3参照)になりやすいのです。

絵3:「水素分子」の模式図。「電子の雲」の字の部分近辺が電子濃度が高い。

 こんな「ヘリウム原子」と「水素分子」はちょっと似ています.しかし、今までバラバラのガス(気体)だったヘリウムあるいは水素の分子や原子が互いに引き合って液体になる温度が大分違います。温度が下がるにつれて、だんだん夜が更けて静かになってくるように活動が収まって来て、「水素分子ガス」の場合は摂氏零下250度(絶対温度20K、「本当の最低温度って?」参照)ですが、「ヘリウムガス」は摂氏零下270度(4.2K)近くまで液体になりません。

 「ヘリウム原子」全体では電気的に中性ですが、このような低温では、分子同士が電気的に引き合う結果、気体より7〜8倍密度が高い液体になるのです。このあたりのメカニズムはちょっと難しいけれど、「量子力学」が出来て初めて説明されました。

注1電子は「スピン」という小さな磁石を持っていますが、この指定席にはユ向きのスピンとヨ向きのスピンを持つ電子が1つづつ、合計2つの電子が入れます。

「ヘリウム」はどうして液体になりにくいの?

 「量子力学」によると、これより低い温度はないという絶対零度(−273.15K、「本当の最低温度って?」参照)まで冷やしても、身の軽い「水素分子」や「ヘリウム原子」は本当には静かにならないのです。最後まで、暴れ回るのを止めないのです。この不思議な現象は「不確定性原理」から来る「零点振動」と呼ばれています。この原理によると、身の軽い原子ほど激しく暴れます。

 「水素分子」は陽子が2つだけで、中性子がない分「ヘリウム原子」より軽いため、暴れ方がひどく、「ヘリウム原子」より液体になりにくそうですが、実は逆の現象がおこっています。「水素分子」のガスが20Kで液体になるのに比べてずっと低温の4.2Kに温度が下がるまで「ヘリウム原子」のガスは液体になりません。また、液体になった後でさえも激しく暴れているので「ヘリウム原子」の占める体積は絵2から予想される体積の3倍もあるのです。さらに、「液体水素」は14Kで固体になってしまいますが、「液体ヘリウム」は1気圧の元では、ずっと液体のままで固まりません。

 こんな奇妙な事が起こる理由は「ヘリウム原子」の対称性の高さにあります。「水素分子」の場合には絵3のような感じで、2つの陽子と、電子濃度の濃い中心部分とがずれているため、暴れるとバランスが崩れて中性からずれ易くなり、また、ずれることが原因で分子間に電気的な引力(ファン・デア・ワールス(van der Waals) 力)が働きます。

 ところが絵2の「ヘリウム原子」の模式図から想像できるように、原子核の正電荷と電子の雲の負電荷が良く重なって強固に結合しているため、一見パチンコ玉のような固いボールとして振る舞います。そのため、暴れても電子と陽子がずれにくく、「ヘリウム原子」間の引力はとても弱いのです。同じカップルでも、「水素分子」は「ヘリウム原子」よりも仲間付き合いがよいということでしょう。

ヘリウムのとっても奇妙な性質

 今まで見てきたように、「ヘリウム」は大変安定で、他の元素と化合も反応もしません。色も、味も、臭いも、刺激もありませんし、もちろん燃えることもありません。気体は風船に使われることから良く知られているように、空気よりも密度が7倍も小さく、気象用の気球や、飛行船などにも使われます。昔の飛行船はヘリウムガスが手に入り難かったので水素ガスを使っていたため、爆発事故の危険がありましたが、ヘリウムガスなら大丈夫です。絶対温度4.2Kの液体ヘリウムの重さは水の7分の1と軽く、室温の気体になると体積が700倍にも大きくなります。

 「液体ヘリウム」を4.2Kからさらに冷やしてやると、2K近くで超流動現象が起こります。これは、全く摩擦がなくなってしまう、とても不思議な現象です。この現象が起こると、容器に汲んだ「液体ヘリウム」が壁を這いあがって外にこぼれてしまったり、ちょっと細工をしたノズルを液面から突き出しておき、ノズルの温度を上げると「液体ヘリウム」の噴水が起こったりします。

「ヘリウム」はどんなことに役立つの?

 さて、ヘリウムにはどんな使い道があるのでしょうか。性質の所でもいくつか例がでてきましたが、それ以外にも色々あります。その中でも、最も重要で代替え品のないのが「液体ヘリウム」による極低温の供給です。ヘリウム委員会の利用目的はこの極低温の供給が目的です。最近は、病院で人間ドックにはいってMRイメージング装置のお世話になった方もあろうかと思います。体内を縦横自在に輪切りにした断面図がとれ、正常細胞と腫瘍細胞で水の性質が違うことを利用して、脳腫瘍を発見する強い見方でもあります。このMRイメージング装置は超電導磁石で磁場を作る必要があり、超電導磁石を液体ヘリウムで冷やしています。

 それから、以前にニュースで良く報道されたのでご存知の方も多いかと思いますが、JRの東京−大阪間のリニアモーターカーがあります。車上の、液体ヘリウムで冷やした超伝導磁石が作る磁場が走りながら、レールとして置かれたコイルの磁場との反発力を使って浮上し、且つ駆動して、空気以外の摩擦の影響なしに高速で走ります。完成すれば東京−大阪間を1時間で結ぶ予定です。

 これ以外にも極低温利用として、超伝導エネルギー貯蔵、超伝導モーター、MHD発電、核融合、超伝導ケーブル、超高真空用ポンプなど色々な用途で活躍しています。

 変わったところでは、安定で、反応しない性質を利用して、スペースシャトルの燃料である水素と酸素の加圧や空気を追い出すためのパージガスなどにも使われています。同じ理由で、アルミや特殊合金の溶接や、半導体の製造ラインの雰囲気ガスとしても重要な役割をしています。さらに、喘息や呼吸困難の治療、深海潜水にも欠かせないガスになっています。

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