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空気抵抗のある自由落下運動の例

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 我々が地上で暮らしていく上で、空気抵抗の影響は非常に大きい。例えば、雨の中を傘をさして歩く、或いは、パラシュートで降下する、等は、「空気の重さ」に起因する抵抗がないとするととんでも無いことが起こることを見てみよう。
 空気中の摩擦には、分子間の摩擦による粘性抵抗と、空気の重さによる慣性抵抗とがある。最初に、粘性抵抗の効果を考えたときに、雨やパラシュートがどの様な速度で降ってくるか具体的な数値を入れて考えよう。

粘性抵抗のみが働く場合

 粘性抵抗があるときに、十分に高い場所から落下すると考えよう。実際には、限りのある成層圏ではあるが、話を単純にするために、十分高いところから落ちてきて、地表では抵抗力と重力とが釣り合い、それ以上落下速度が変化をしない状況、「終端速度 vƒになっていると仮定する。粘性抵抗がある場合の終端速度は
$$v_f=\frac{mg}{c}=\frac{mg}{6\pi a \eta} \tag{1}$$

で与えられるので、雨滴、パラシュート、それぞれの数値を入れてみましょう。

雨粒と粘性抵抗

 まず、半径が a = 1 [mm] = 10–3 [m] の雨粒を考えよう。水の密度は r = 1 [g/cm3] = 103 [Kg/m3]、重力加速度は g = 10 [m/s2]、空気の粘性率は h = 1.8×10-5 [Pa•s] として、単位を全て Kg, m, s にしてから代入すると、
$$v_f=\frac{mg}{6\pi a \eta}=\frac{\frac{4\pi}{3}(10^{-3})^3\times 10^{3}\times 10}{6\pi\times 10^{-3}\times 1.8\times 10^{-5}}=1.23\times 10^{2} ~\rm{[m/s]} \tag{2}$$

が得られます。すごいですね、秒速 120 m ですよ!時速で言うと 400 km 以上です。この雨粒による衝撃も大したものになりそうです。直径 2 mm を通過する間にあなたの頭が、雨粒が持っていた全ての運動量を吸収しなければなりません。実効的にこの雨粒を止めるのに必要な短い時間に働く力は、雨粒の質量を約 4×10–6 [Kg] として、 $$F=\frac{\Delta P}{\Delta t}=\frac{\Delta mv}{\Delta t}=\frac{4\times 10^{-6}\times 1.23\times 10^2}{2\times 10^{-3}/1.23\times 10^2}=30 ~ \rm{[N]}=3\ \ \rm{[Kg重]} \tag{3}$$

になります。最後の単位は、力の大きさを地表の重力の大きさに換算した値を意味します。即ち、一粒ごとに 3 Kg の重みを感じるのですね。時間は 0.00002 秒と短いですが。

パラシュートと粘性抵抗

 続いてパラシュートの場合を考えましょう。降りる人の体重を仮に 70 Kg、パラシュートの半径を 5 m とします。同じ計算式で、粘性抵抗がその半径の球の表面積で生じると仮定すると(荒っぽいですが)、
$$v_f=\frac{mg}{6\pi a \eta}=\frac{70\times 10}{6\times 3.14\times 5\times 1.8\times 10^{-5}}=4.12\times 10^5 ~\rm{[m/s]} \tag{4}$$

になります。このとてつもない速さはどんな高さから落ちれば得られるのでしょう。加速に要する時間は、重力加速度で割れば出てきます: 4×104 秒、即ち 11 時間もかかります。h = gt2/2 から必要な高度を計算すると、約 107 Km にもなります!月までの距離の何十倍もの高さって、重力がずっと弱くなるし、全く現実性がありません。実際にはこんな猛スピードになることはあり得ません。これが意味する事は「パラシュートの場合は、粘性抵抗では、全く減速されない」と言うことです。即ち、現実の世界のパラシュートを理解するには粘性抵抗では不可能である、と言うのが結論です。

慣性抵抗のみが働く場合

 それでは、次に、空気の質量に起因する慣性抵抗の効果を見てみましょう。落下する雨粒が下方の空気に衝突して下方の空気を雨粒と同じ速度に加速すると仮定した場合、雨粒の運動量は空気の運動量の増加分だけ減少する。それが慣性抵抗により発生した摩擦力によると考える。慣性抵抗による終端速度は、
$$v_f=\sqrt{\frac{mg}{D}}=\sqrt{\frac{mg}{S\rho}} \tag{5}$$

で与えられます。

雨粒と慣性抵抗

 半径が $1\ \rm{mm}$ の雨滴の場合は、質量を約 m = 4×10–6 [Kg]、g = 10 [m/s2]、断面積 = πa2、空気の密度ρ= 1.3 [kg/m3] を代入すると、
$$v_f=\sqrt{\frac{mg}{S\rho}}=\sqrt{\frac{4\times 10^{-6}\times 10}{3.14\times (10^{-3})^2\times1.3}}=\sqrt{9.8}\approx 3.1 ~ \rm{[m/s]} \tag{6}$$

となります。時速 約 11 km です。直径が 2 mm の雨と言えば、霧雨かそれより少し大きい程度だと思えば良いでしょうから、妥当な速さだと思います。この終端速度に到達するのに擁する時間は重力加速度で除して、t0 = 3.1/g ∼ 0.3 秒ほどの短時間です。と言うことは、雨として降下し始めると直ぐに終端速度になっていると考えられます。

補注:先日(2008/11/30夜)、NHKの特集で、紀伊半島大台ヶ原の雨を高速度カメラで撮影した映像とナレーションを視聴しました。その中で、雨粒の直径は、1〜6 mm 程度で、速度は時速 40 km 程度と話していました。大雨の時には、平たく潰れた雨粒が落ちる様子もあり、直径が1cm 程度で、厚みは 1/4〜1/3 cm 位だったようです。これらの実測値と比較すると、雨粒の場合には、終端速度が小さめに出ているようです。この違いは、ここで考察した慣性抵抗のモデルが単純化しすぎているためと考えられます。球体に近い雨粒が下方の空気の雨粒に対する相対速度をゼロにするとの仮定は現実的ではなさそうです。圧縮性を持つ空気は容易に球体の周囲に回り込むので、このモデルほど大きな慣性摩擦力は働かないと予想されます。非常に大雑把ですが、雨粒の場合は、D=Sρ に0.1〜0.3程度(vf にして2〜3倍程度)の補正係数を掛けて、圧縮性流体の回り込みの効果を含める必要がありそうです。

パラシュートと慣性抵抗

 さて、パラシュートの方はどうでしょうか。質量 m = 100 [Kg]、パラシュートの半径を 5 [m] とすると、
$$v_f=\sqrt{\frac{mg}{S\rho}}=\sqrt{\frac{100\times 10}{3.14\times 5^2\times 1.3}}=\sqrt{9.8}\approx 3.1~\rm{[m/s]} \tag{7}$$

と、たまたまですが全く雨滴の場合と同じになるようなパラメータを選んでしまったようです。パラシュートの直径が 10 m というのは大きすぎるかも知れません。半分の 5 m にすると2倍の 6.1 m/s になります。地表で飛び降りる場合と比較するともう少し感覚的に理解できるでしょう。g ∼ 10 m/s2 なので、飛び降りた後、約 0.6 秒後の速さです。h = gt2/2 を使うと、高さにして 1.8 m 程の壁から飛び降りたような衝撃を受ける事になります。これなら、上手く飛び降りれば怪我をしないですむ高さと言えそうです。

 以上の計算結果から、慣性抵抗を考えれば日常の経験に沿った振る舞いが予測できました。一方、粘性抵抗は、質点の速度が遅い場合に効いてきます。例としては、電荷素量を観測する有名な実験として知られる、「ミリカンの油滴の実験」が当てはまります。マイクロメートルサイズの油滴が落下する速度は、粘性抵抗で良く理解できます。油滴の形状が球形だとすると、落下速度から油滴の質量、またそれから半径が見積もれることは粘性抵抗の (1) 式を眺めると予測できるでしょう。


# 17.4.1